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サクラメイキュウ~飲み込まれそうな迷宮を切り裂いて~(『FATE/EXTRA CCC』)①

通っていた高校が西東京の多摩の山にあって、毎日最寄り駅からバスで通っていた。朝の始業前と夕方の終業直後は便が多いけれど、それを逃すと一時間に一本あるかないか。放課後ちょっとのんびりして乗り遅れてしまったら、大人しく次の便を待つか、覚悟を決めて制服の革靴で田舎道を駅まで歩くしかない。

あれは三年生の冬の放課後だった。
受験対策の補習だったのか、図書館で赤本のコピーでも取っていたのか定かではないけれど、バスの便が少ない時間帯になってしまい、乗り場に急いだのに間に合わなくて、目の前でバスに行かれてしまった。
雪がずっと降っているせいか、5時前なのにかなり暗い。歩くのは厳しい状況だった。
次のバスを待とうと決めて時刻表を見ようとした時、その横に立っていた彼女に気付いた。

「やっほー、ケンイチ」

いつものように気さくにかけてくれた声は、いつもの教室でよりも抑え気味だった。
押し潰されそうな雪と夜闇のせいかもしれないし、この前した喧嘩のせいかもしれなかった。
一年生からずっと同じクラスでそこそこ仲良くしていただけに、初めてなった険悪なムードをどうすればいいかわからなくて、お互い気まずい思いをしていた。

「この時間珍しいじゃん」
「ちょっと、ね。そっちは?」
「私もちょっと、ね」

並んで立ちながら、顔を合わせないぎこちなさ。
横目で覗いても、口元をマフラーで覆っているせいで表情は分からない。
一歩近づいて話しかけようか、そっとしておこうか。

バスロータリーの剥き出しのアスファルトを目だけでぐるりと一周見回す。二周目では先ほど見つけた、うっすらとわずかに積もった雪に目を止め、道路の熱で少しずつ溶けるのを観察した。三周目では目線を上げ、他の駅に向かう乗り場に誰かいないか確かめる。やはりいない。

今ここにいるのは、僕と彼女だけなのだ。

バスが来るまで、まだ30分。
腕時計を覗いた時、ブレザーに手を突っ込んで震えている姿が視界に入った。
吹きさらしのバス乗り場には屋根もなくて、たまに風が吹くと体の芯まで冷える気がした。

その時になって初めて、彼女が傘もなく、雪に降られるままになっていることに気付いた。

僕は黙ったままその場で腕を伸ばし、傘が彼女の頭の上を覆うようにした。
目線はバスロータリーの対岸を向けたまま。
彼女への一歩も、踏み出さないまま。

「…何やってるの」

そう呟いた彼女は俯いたまま横歩きでそっと一歩僕の傍に寄り、ポケットに手を突っ込んだままの左腕の肘で僕の脇腹を軽くなじる。
彼女が動いた瞬間、シャンプーの香りとハッカの飴の匂いが立ち上ってきて、傘の下の狭い空間にしばらく漂った。

降り積もる雪は止まず、暗い夜は明けない。
動くことも出来ないまま、僕らは「永遠」の中にいたー

『FATE/EXTRA CCC』に触れていると、なぜかあの日を思い出す。
放課後のさらに後、今日と明日の狭間のモラトリアムが、いつまでも続くような感覚。
エアポケットの中二人だけで閉じ込められている不安と、ほのかに香り包み込む優しさ。

「さよなら。
また今日に会いましょうーか。
楽しかったな、あの日々は」
その日々は夢のように…

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