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日記のようなもの

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2023年2月の記事一覧

親友の愛猫の眠りに、あたたかなやさしさのあることを

親友の愛猫の眠りに、あたたかなやさしさのあることを

彼女はずっとその家にいて、ただ静かな傍観者をつとめた。

末の弟がはじめて青いランドセルを背負った日も、

家族揃って鍋を囲みながら、年末特番のチャンネル争いをした日も、

大好きな体育の先生に贈るガトーショコラを失敗した妹が、焦げたにおいを逃がそうとキッチンの窓を開けた日も、

真夜中に怒鳴り声と悲鳴が響き、パトカーのランプが玄関を赤く染めて、お父さんがお父さんでなくなった日も、

お母さんが、

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ニッポンゴ場外乱闘

ニッポンゴ場外乱闘

職場の休憩室に、博多通りもんの箱が置いてあった。蓋の部分にだれかの、お土産どす♡という丸っこい文字が書き残されている。

土産!
これをミヤゲと読ませる我が母語の強引さたるやまったくもって剛田武、この島国がならず者国家であることの純然たる証明ではないか。

名詞が活用しない日本語は、無秩序であることにとても寛容な言語だ。ひらがなカタカナ漢字、という3種類の組み合わせも、選択肢をさらに広げている。

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あいりん地区の天井、飛田新地の床板

あいりん地区の天井、飛田新地の床板

大阪関西国際芸術祭の展示会場に西成あいりん地区が含まれていたので、動物園前駅、というキュートな語感の駅で電車を下りた。確かにそこには動物園があるが、そのほかは決して、休日に水入らずでお散歩するような穏やかでゆとりのあるファミリー層向きのまちではない。

あいりん(=愛隣)なるやさしい響きは通称で、本来は釜ヶ崎というのが正式な地名となる。日本でも指折りの「ドヤ街」、つまり日雇い労働者の簡易宿泊所が立

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ひびく-くりかえす-かさなる

ひびく-くりかえす-かさなる

ひとりのアーティストの生演奏を聴いた。

ヴァイオリンとギターでしらべを奏でては、サンプリングルーパーのペダルを踏んで、さらに音を重ねていく。前の旋律をなぞることもあれば、まったく違うメロディラインをのせるときもある。突然響きを変えてみせたり、リバーブを効かせてみせたり、やさしい音色の上に鮮やかで濃い色を塗ってみせたりもする。
そうして、たくさんのフレーズを調和させて、ひとつの作品が完成する。

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きみはどうしてアダムに剥いてやったのか

きみはどうしてアダムに剥いてやったのか

ちょっとした怪我をした。怪我をしたがしかし、仕事を休めはせず、それを庇って一日中しゃかりきに働いた。

帰宅してリビングのソファでぐったり、憔悴していると、可哀想に思った同居人がりんごを剥いてくれた。同居人の故郷から送られてきた、大玉のりっぱなりんごだ。

包丁とまな板を取り出してりんごを4つに割り、芯を抜いて、手を切らないよう注意しながら皮を剥き、食べやすく切って白い皿にのせ、フォークを添えて、

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(こころをちぎる)

(こころをちぎる)

(休日の朝、イヤホンでお気に入りの講演を聴きながら、庭の雑草をひく。)

小林秀雄氏が、志ん生のような高調な語り口で語っている。こころがどこに存在するか という問いには意味がない、と聴衆に説いている。
脳で起こる化学物質の移動と、精神活動がイコールであるはずはないのだという。

(チガヤは指を切らないよう気をつけて茎をつかむ。引っ張ると、ぷちぷちと小気味よい振動とともに地面から抜ける。)

たとえ

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街はドレスを着て口紅をひく

街はドレスを着て口紅をひく

新聞の紙面を眺めていて「姉妹都市」という単語にふと目が止まった。「兄弟都市」じゃないんだな、と小学生みたいな疑問が浮かぶ。

Googleアプリを開いて検索窓に打ち込む「姉妹都市 姉妹 なぜ」。知性のない検索ワードだな、こんな丸腰でも情報に即時アクセスできる時代に生まれてよかったな、と思う。

「姉妹都市」たる単語のルーツは1956年、アイゼンハワー米大統領が欧州市民との国際交流を深めるべく提唱し

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同姓同名のひとに会ったはなし

同姓同名のひとに会ったはなし

最近偶然知り合ったひとに「あなたと同じ名前の女性を知っている」とご紹介をいただいて、先日、自分と漢字も読みもまったく同姓同名の人物と会わせてもらった。

四半世紀ばかりの人生ではあるけれど、同じ名前のひとと直接話すのははじめてのことだった。わたしの名前は、苗字はありふれているながら、親のつけた名のほうは少しめずらしくて、めったに見かけない。

こんなに名前を知り合っている相手に自己紹介するのをわく

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