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親友の愛猫の眠りに、あたたかなやさしさのあることを
彼女はずっとその家にいて、ただ静かな傍観者をつとめた。
末の弟がはじめて青いランドセルを背負った日も、
家族揃って鍋を囲みながら、年末特番のチャンネル争いをした日も、
大好きな体育の先生に贈るガトーショコラを失敗した妹が、焦げたにおいを逃がそうとキッチンの窓を開けた日も、
真夜中に怒鳴り声と悲鳴が響き、パトカーのランプが玄関を赤く染めて、お父さんがお父さんでなくなった日も、
お母さんが、目を泣き腫らして東京から帰ってきたお姉ちゃんの腕から、泣きわめく赤ん坊を抱き上げてあやした日も、
聞いたことのない病気の名前を、おじいちゃんが詩の一節みたいに読みあげた日も、
おばあちゃんがどこからか拾ってきた新入りの黒猫にひじきと名前をつけた日も、
彼女は、丸まったり、伸びをしたり、虫を追いかけたり、毛づくろいをしたり、おやつを食べたりしながら、ただそれをみていた。
ただみているだけだったけれど、彼女はたしかに愛されていたし、じぶんが愛されていることを知っていた。
夢のなかにいても、ご飯の入った瓶が傾くかすかな音に、耳はひとりでにぴくりと動く。
スリッパをぱたぱたいわせるお客さんは苦手で、土曜日の掃除機はもっと苦手。
にんげんたちは、忙しいふりをするのに忙しくしていて不思議だ。
お気に入りの毛布は弟が赤ちゃんだったころのお下がりで、まだミルクの匂いがする。
ひじきは撫でられたり、抱っこされたりするのが嫌いらしい。どうしてだろう、あいつの好きなひだまりと同じくらい、あったかくて気持ちがいいのに。
たまには外に出て、家の周りをパトロールする。たまには喧嘩をしたし、たまには恥ずかしい思いをしたし、たまには行きずりの恋もした。
毎日はゆっくりと流れるのに、道端でひとりぼっちで鳴いていたあの日からの17年という時間は、おばあちゃんが毎朝仏壇の前でつける線香の火よりもずっと短かった。
きょうもなんだか眠たくてしかたがないのだった。彼女は幸せな記憶のなかで目を閉じた。明日もきっと、静かな傍観者の日々がつづいてゆく。
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