見出し画像

【特別対談】女優・島田歌穂 × 仏文学者・鹿島茂 ミュージカル『レ・ミゼラブル』を10倍楽しむための読書術【2/3】

日本では『ああ無情』というタイトルでおなじみ、ヴィクトル・ユゴーの名作『レ・ミゼラブル』。1987年の日本初演以来、ミュージカルのかたちでも日本で親しまれてきました。
今年は4月から東京、名古屋、大阪、福岡、北海道と順に上演され、7/29、九州・博多座公演を初日を迎えました。
書評アーカイブサイト「ALL REAVIEWS」では、今年の公演を記念して、初演より1,000回以上エポニーヌを演じた女優・島田歌穂さんと、フランス文学者・鹿島茂さんの対談を実施。
ミュージカル初演のエピソードに始まり、原作と舞台との細かい違い、バルジャンが少年から取り上げた40スーは今だといったいいくらだったのか……といったマニアックな話まで、ミュージカルファンにもレ・ミゼラブルファンにも必読の対談、全3回の第2回目です。
第1回はこちら

【今回の課題本】


ガブローシュはなぜ浮浪児になったのか

鹿島:実はエポニーヌは、テナルディエという悪党の娘なんですね。アゼルマとエポニーヌ。2人(娘が)いるんです。アゼルマはミュージカルにはほとんど出てきませんよね。

島田:出てこないですね。

鹿島:で、意外なんですけれども、このガブローシュというパリの浮浪児、この子が実はエポニーヌの弟なんですね。ミュージカルのなかではそういうこと全然触れられていないんですけど。実は弟なんです。

島田:ミュージカルのなかでもちゃんと演出のジョン・ケアード氏がこれは本当は弟だ、と。ちょっと、一瞬すれ違うところでそういう交流をしてるんですよ。ミュージカルに入る前に、やっぱりとにかく全部原作を読みなさいってジョン・ケアードに言われて。

鹿島:なるほど。なぜガブローシュだけが浮浪児になったかというと、お母さんがね、テナルディエのおかみさんが、男の子が大嫌いという不思議な人で、女の子だけを可愛がっていたっていうね。

島田:かわいそうな話...(笑)

ジャン・バルジャンはなぜあれほどお金持ちなのか?

鹿島:もう一つの読みどころは、非常に細部を研究して、それがいかにユゴーが研究してでたらめに書いているように見えながら、かなりの現実を反映させていたということが非常に詳しく出ていますね。

島田:ほんとに、それはびっくりしました。

鹿島:例えば、ぼくもこれ(『レ・ミゼラブル百六景』)に描きましたけれど、ジャン・バルジャンがミリエル神父に燭台をもらって、更生する。そこで工場を始めるんですね。その工場っているのが黒玉の製造業。これで大変お金をもうけて、そこにファンティーヌがやってきて雇われるっていうシチュエーションなんですけれど、黒玉製造っていうのがぼくもいまひとつわからなかったんだけど、非常によくわかりましたね。



島田:わたしも!ほんとにそうです。黒玉っていうのがわからなかったんですよ!

鹿島:この時代に急にですね、ヨーロッパの王室で黒っていうのが高貴なものに変わりまして、黒い玉、最初は装飾品としての宝石だったのが、ガラスに変わるんですね。それは高いんです。だけども、マドレーヌ氏にばけたジャン・バルジャンは黒玉製造を工業化するんですね。

島田:うんうん。

鹿島:で、なぜそれが大儲けできたかっていうと、ここはぼく気づかなかったんだけど、その黒玉製造の新しい原料として、シェラックと、テレビン油をつかったためにものすごく安く製造できるようになったんですね。

島田:すごくわかりやすくてびっくりしました!

鹿島:ジャン・バルジャンは脱走する前に、ラフィット銀行っていうところにお金を預けるんですけど預けた金額は5億円か6億円。それだけもうけた。

島田:はぁぁ...。

鹿島:なぜそんなに儲かったかというと、ここに初めて書いてあったんですけどジャン・バルジャン、マドレーヌ氏が稼いだ黒玉はここからスペインのカディスっていう港に運ばれて、カディスからアフリカにいったって書いてあるね。

島田:はぁぁ、そう、アフリカ...。

鹿島:当時実はまだ奴隷貿易をやっていたんです。奴隷貿易は一時フランス革命で廃止されたんですけどその後復活しちゃったんですね。フランスもまだやってた。特にスペイン、ポルトガルはそのあともずっとやっていました。黒玉を貨幣のかわりにして実はものすごく安く奴隷を買っていたんですね。

島田:あーそうか、はい、書いてありましたね。貨幣のかわりに...すごいなぁ。

バルジャンが大金を金貨でなくお札で持っていたワケ

鹿島:そういう細かい知識があって、それからもうひとつ面白いのがですね、あの劇のなかでジャン・バルジャンがゴルボー屋敷っていうところでコートのなかにお金を隠して取り出そうとしているところを...

島田:見られちゃう。

鹿島:見られちゃってっていうのがあるんですど、なぜお札をもっていたのかっていう謎がいろいろ書いてあるんですね。というのは、当時フランス人はお札ってあんまり信用していなかった。

島田:珍しかったんですね。お札持っているのはね。

鹿島:だけれども、実は5億円か6億円を金貨にすると、ジャン・バルジャンと同じくらいのものすごい重さになっちゃうから、これを持ち運ぶことはできない。

島田:だからお札で保管して、隠してた。

鹿島:それともっと細かい、ぼくの専門なんですが、フランス語で年金のことをラント(rente)っていうんですね。ラントっていうのは実は日本語だと国債の利子っていう意味なんです。本当は。で、それをもらっている人をランティエ(rentier)っていうんです。これ、日本語にもなっていますね。年金生活者とか、利子で暮らす人で、ジャン・バルジャンは本来ならばそれを持って稼いだ金で年金を買えばよかった。ところが、年金を買うには署名、身分証明が必要だっていうね。

島田:あー、そうだ。

鹿島:そのためにジャン・バルジャンは年金が買えなかったんですね。年金の利子で生活するっていう道が閉ざされたので、ラフィット銀行という銀行にお金を預けて、その利子で生活をしていた。おー!そこまで私は気づかなかったぞー!っていうですね。

島田:すごい、どうやってここまで、そんなに細かいこと…

鹿島:これは年金生活、僕も本に書いて、結構詳しく。年金のその当時の利子は3%から5%で、1億円も預けてれば大体年に500万から300万くらいの利子生活ができるとか、そういうことはちゃんと調べたんですけれども、その年金をもらうには名前が必要で。名前がない元徒刑囚はダメなんだ、そういうことがわかったのが面白かった。

島田:なるほどね~


バルジャンが少年から取り上げた40スーっていくら?

鹿島:それからあとですね、ただ、この方の、すごく面白いんですけど、この僕が書いたのと、もしかしたら僕の方が少し詳しかったかもわかんないな~と少しにんまりしたところがありまして。

島田:え~どこですかどこですか。

鹿島:それはね、お金の換算ね。

島田:ああ。

鹿島:これを読むとわかるんですけどすごくお金の貨幣単位が複雑なんですよ。フランというのが出てきて、リーブルというのが出てきて、エーキュというのが出てきて、それからスーっていうのが出てくるし、さらにルーイなんて言うのも出てくるんですね。
これを僕は絶対書いた時にこれの換算もしっかりやろうと考えまして、その換算を随分やったんですね。ところがですね、中で エーキュっていうのがねぇ、しっかり読んでいくと、この話では1エーキュ5フラン、これはナポレオンの改革でそういう風に決まったんだよね。ところがですね、バルザックの本なんか読んでると、1エーキュ3フランっていう換算のもあるんですよ。

島田:へえー。

鹿島:もしかするとこの時代だと5フランよりも3フラン換算のが普通だったんじゃないかなと。実はこれはねえもっと複雑なことになって、フランスは大革命前は、貨幣単位がパリを中心としたところとトゥール以下のところでは違ったんですが。

島田:え、違ったんですか?ややこしいー。

鹿島:パリは十進法なの、トゥールは十二進法なんですね、ややこしいんですよ。だから上が5フランだけれども、下側は12で割れるような単位になってるっていうね、そういう非常に複雑なのがありまして。だから、まあバルザックの時代なんかだと1エーキュ3フラン換算の方が書いてある内容に即してるっていうケースがあるんですね。

島田:なるほど。

鹿島:それで僕は、当時の貨幣価値は今のお金に換算するとどのぐらいかなっていうようなことを考えまして、一生懸命いろんな単位を換算して1フラン1,000円っていうのを出したんですよ。1フラン1,000円にするとね、すごくいろいろなことが納得できる。

島田:そうなんですか。

鹿島:例えば、あの中でジャン・バルジャンがミリエル神父に色々貰って、感動して人生改めなきゃいけないと思ってた時に、プチ・ジェルヴェっていう少年がお金を投げてたのを踏んづけちゃって渡さなかったっていうのがあるんですけども、そのお金がこの中で40スーて書いてあるんです。40スーというのは、1スーが5サンチ―マなんですね。

島田:サンチーマ、ふふふ。

鹿島:その単位でやると2フラン、で、これを僕が換算すると大体2,000円になるんですよ。だから子供にとってはね、2,000円は大金(笑)。

島田:それは大金じゃないですか、それは投げちゃったのがいけないですね、ポーンって。

鹿島:そう、そういう風に細かなところをやってると結構面白いんですけども。島田さんは劇をやっていて、アートになりますよね。そのとき、そういう細かなところが分かったりすると少しは変わったりすることはありますか。

島田:あのね、たぶん、「レ・ミゼラブル」のときは、稽古に入る前にワークショップすごく時間かけてやってあげて、描かれた当時の貧しい人たち、庶民の生活、どういう状況だったかっていうその悲惨さすごく学ばせてもらったんですね。たぶん貨幣価値もちゃんとやってるんですよ、今全く忘れてるんですけども(笑)。
でも、その情景とかすごくそういう細かいところ、衛生の問題とか、下水とかも整備されてはなくて、街がどれだけすごい匂いだったかとか。もう風呂も入れないで、本当に健康な人ってそういなかった、どこかに必ず何か抱えてた、もう歯もボロボロだったりとか、そういうのをすごく学ばせてもらったので。バルジャンからお駄賃でいくらもらったとか、たぶんその時は覚えてたんですけどすみません。全く記憶の彼方になっちゃって(笑)。
でもやっぱり、それはすごく大事ですよね。

鹿島:大事です大事です、僕はだから1フラン1,000円っていう分かりやすいのを出して、これで自分自身もよく分かったりすることありますね。

バルジャンとコゼットと逃げ込んだ路地はどこ?

鹿島:それとかですね、あと、僕がこの先生よりちょっと詳しいかなと思ったところがもう一つあって。それはね、ジャン・バルジャンがコゼットを連れてオステルリッツ橋を渡って逃げ込むプティピス、ピクピス界隈ってのがあるんですけども、そこはオスマンの改造で綺麗に消えたところにユゴーが架空の街を作ったってある。

島田:ふーん。

鹿島:それは事実なんですけれども、そこで逃げ込む街路。

島田:あ~はいはいはい。

鹿島:Y路のやつね、あそこは僕は突き止めて、実はあれはカルチェラタンのある界隈の地図を反転して、裏返しで使ってるんです、ユゴーは。

島田:あ~、はい、はい。

鹿島:だから逃げ込んで枝に入っていって、この枝が逆になった感じ、地図をここに入れましたけどね、そこはまあこの先生よりもちょっと私のが詳しかったかなぁって優越感に浸ったとこですね(笑)。

島田:あはは、でもそういうのを解読していくのってすごいワクワクしますよね。

鹿島:まあひとつのね古文書学とかそういうのの、地図をどれぐらい深読みするかということが必要で。とういうのは裏返した地図の元っていうのはね、これジャン・バルジャンが住んでたゴルボー屋敷のすぐ近くなんですね。僕はそこはバルザックの『ゴリオ爺さん』の舞台に設定されてたとこなんで、年中行っているので土地勘があるんです。

島田:
そうなんですね、それかっこいい、レ・ミゼラブル の舞台に土地勘がおありになる(笑)。

---------------------

まさに、リアルと「レ・ミゼラブル」の融合が起こったところで、話題は小説家としてのユゴーに移ります。続きは【3】をどうぞ。(近日公開)

※このインタビューは、「月刊ALL REVIEWS」特別対談として 2019年4月17日に実施されたものです。
当日の様子は、こちらの動画をご覧ください。

【関連リンク】

【文字起こし(ALL REVIEWS サポートスタッフ)】
andhyphen / チワワ / nami / ひか / コヤマ / じょんじょん / くるくる / 康子 / hiro

【この記事を編集したひと】保田 智子
出版業界の各レイヤーを放浪したのち、ここにたどり着きました。友の会SNS運営をお手伝いしています、覆面メンバーTです。
読んで価値ある本を人にオススメするのが、大好き。
仕事と子育てしつつ、読書時間とミュージカル鑑賞時間を捻出することばかり考えています。

【ALL REVIEWS 友の会とは】


この記事が参加している募集

イベントレポ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?