#7 イベントレポート「寺宝と文化財の継承と観光が果たす役割」 at 正伝永源院
ENJOY KYOTOコミュニティ発足の経緯
6月15日、木曜日。前の週からずっとこの時期に特有の変わりやすい天気にイベント主催者のひとりとして朝からヤキモキさせられていたのだけれど、いざ当日の朝になってみると、青空こそ姿を覗かせてはいなかったものの、雨が降る気配はない。ネットの天気予報からも傘マークはすっかり消え去っていた。ふだん迷信めいたものはあまり信じないぼくなのだけれど「ああ、これはきっと吉兆に違いないぞ」などと、なんともご都合主義かつ身勝手な確信を抱きつつ会場へと向かう。場所は正伝永源院。織田有楽斎が再興した正伝院と細川家の菩提寺だった永源庵が合併してできた建仁寺の塔頭である。そのあたりの詳細はこのイベントに向けてぼく自身が取材して書いた記事を参照してほしい。
そもそも、なぜトークイベントをやろうということになったのか。その経緯について書いてみたいのだけど、その前にまずはこのイベントの主催者である「ENJOY KYOTOコミュニティ」というものがいったいなんなのか、そこから説明する必要があるだろう。
このコミュニティの趣旨は、以下にまとめてあるので参照してほしいのだけど、かんたんにいうと、コロナ禍はもちろんだけどその大きな問題によって顕になったもの、あるいはその逆にその影に隠れている潜在的な多くの課題が山積するいまの京都にあって、世代や業界を超えてなんらかの新しいビジョンを(民間の、それもボトムから)考えていかないといけないという危機感からスタートしている。
またコロナ禍で京都の観光が大きな打撃を受け、観光産業はもちろん、伝統文化や伝統産業、お土産屋さんや飲食店などが岐路に立たされるなかで、メディアのはしくれとしてなにかすべきことがあるのではないかという思いがあった。そこにはかつてENJOY KYOTOを創刊する際に、ある伝統工芸の職人さんから「キミらメディアは私らの仕事の上澄みで食うてるんやで」と厳しいお言葉をいただいたことがあった。それはいわゆる「嫌ごと」ではなく(まあちょっとはそういう面もあったろうけど)、そういうしょうもないメディアにはなりなさんなよ、という直言だったと当時の自分は感じていたし、あらためて「虚業」である自らへの戒めとしたことがあったのだけど、その言葉がふと頭をよぎっていた。いまこそ自分らが恩返しをすべきときではないのか、と。
コロナ禍が遠ざけてしまった「集まる場」としてのトークイベント。
じつはこの「コミュニティ」という構想は、ずいぶん前にぼくが考えていたものと通ずるものだった。時は2018年にまで遡る。創刊から5年が経ち、2020年の東京オリンピックに向けて、単なるフリーペーパーを発刊するメディアにとどまらず、もっと大きな枠組みで観光や文化発信や海外への販売支援などができるのではないか、とメンバーみんなが考えていた。そこからぼくはかなり壮大な(当時はまだ妄想レベルに近い)企画書をまとめた。ラジオ番組やYouTube番組、オリジナルSNSからオリジナル仮想地域通貨みたいなところまでにおよぶものだった。(まあ元手となる資本も人手も技術もないので実現性は低かったわけだが、いまならもう少し簡単にできるようになってるよな、というものもあったりはする)。
ところが、である。肝心の2020年になって新型コロナウイルスの世界的パンデミックにより、海外からの観光客はゼロに。そうして1年延期されたオリンピックが「無観客」で開催された2021年には、ENJOY KYOTOついに休刊となってしまった。そこで、まあこれまで放置していたウェブサイトをなんとかかんとか再開しようというプロジェクトを(細々とだけど)スタート。Day Aliveさんにご協力いただき、いろんな試行錯誤や企画の発案、議論を重ねていくなかで「コミュニティ」の考えが出てきたというわけなのだ(まあそれなりに厳しい時期をかなりかんたんに端折って書いているわけだけど、それはみなさんが同時に体験されたことでもあるだろうから、状況はおおむねおわかりいただけるだろう)。
自分がかつて企画書を書きつつ、まあでも一人で全てができるわけでもなく、そうかんたんにはいくわけがないよなあ、と半ば諦めていたことが、ここにきてようやくその第一歩目くらいは歩み始められそうだということになったのだった。その記念すべき第一弾が、今回のトークイベントということになるわけなのだ。
メイン司会を企画から一緒に取り組んできたDay Aliveに所属する三宅夏愛さん(TikTokやinstagramで10万フォロワーを有するインフルエンサーでもある)にお願いし、第一回のメインスピーカーに正伝永源院の真神啓仁さんを迎えて行うことが決定。パネリストとして同じくDay Aliveでウェブデザイナーをされている京都在住のアメリカ人であるスミス・アビゲイルさん、そしてENJOY KYOTOエディター&ライターのぼくというメンツでとにかくやってみようということでスタートした。なにごとも、はじめなければ、はじまらない。「千里の道も一歩から」「ローマは一日にして成らず」「高きに登るは低きよリす」などというではないか。
ただ坐って眼を閉じ、立ち止まってゆっくり考える場所を取り戻すために。
イベント当日の朝に話を戻そう。会場の正伝永源院ではちょうど期間限定の特別公開をやっていて、ぼくらのイベントは特別公開の前の朝早い時間帯を利用して開催させていただけることになっていた。パネリストの一人でもあり、今回の会場である正伝永源院のご住職でもある真神さんには以前からENJOY KYOTOの撮影でお世話になっていて、そんなご縁もあって今回の記念すべき第一回の会場&パネリストをお願いした。京都文化博物館での「大名茶人 織田有楽斎展」や正伝永源院の特別公開も重なるタイミングで、めちゃくちゃお忙しいにもかかわらず快諾いただけたこと、この場であらためて御礼を申し上げたい。
さて、9時をちょっと過ぎたところで、まずは禅寺らしく坐禅から今回のイベントはスタートする。真神さんにお願いして、今回はあくまでイベント用ということで簡略化したもので、およそ10分、坐りかたもお座布団のうえに胡座で坐るかたちでおこなう。
じつはぼくは初体験だったのだけど、朝の清浄な空気の中で。さっきまで聞こえていなかった鳥の声がとてつもなく大きく聞こえる。しかも3種類の異なる鳥の声がしていることがわかった。また、じつは薄く目を開けて庭を無心で見ていたのだけど(これは作法やぶり?)、ごく微かな風に吹かれた木の枝や草の揺れや、雲の流れが、ことさら大きな動きに見え、とてもはっきりと目についた。こちらが静かに座って静止するだけで、世界はこんなにも違って見えるものなのか。それがぼくにとっての初めての坐禅体験で感じ取ったことだった。
坐禅が終わるとお座布団の向きを変えて、そのままパネルディスカッションへと移行。椅子を設営した会場だとこうはいかないわけで、これもお寺でトークイベントをやることの良いところだなあと思う。こうして、なんだかすごく自由でリラックスした雰囲気のなか、真神さん、スミスさん、そしてぼくによるパネルディスカッションが始まった。
まずは真神さんから正伝永源院の成り立ちなどを紹介いただき、そこから話は文化財の保存とお寺の継承(真神さんの場合は有楽流茶道の継承という側面もある)へと展開。ここで参加者から「じつはうちの実家がお寺で」とか「田舎でお寺の継承の問題に直面している」といった声が上がり、じつはイベント後半で予定していた対話形式での参加者同士のクロストークが散発的におこり、そのような展開はそのあともいくつかのテーマで繰り返し起きることになった。
その結果、予定していたテーマの半分くらいしか時間内で話すことができず、もう少し観光の話も聞きたかったという声にもつながっているのだけど、それでもぼくはポジティブに受け止めている。ぼくはいわゆるTEDのようなプレゼン大会にしたくないと思っていたし、畳の上に座布団敷いてワイワイと語り合うことが(というかその手前の「考える」ことが)できれば、明確でわかりやす結論なんか出さなくたっていいと思っていたからだ。答えを出すためではなく、問いを見つけ共有するための対話を始めよう。それがこのイベントの目的なのだから。その意味でも住職を囲んでお寺で多様な人々が集い話し合うというのは、このイベントの趣旨を体現するうえでベストな環境だったと思う。
ぼく自身が感じた手応えは、参加者のみなさんのなかにも広がっていた。
イベントの評判は上々だった。アンケートやその後に直接お会いした際に感想など伺ってみたところ、ひとまず参加いただいたみなさんの満足度は高かったみたいで、まずはよかった。自分としても初めての試みのわりには、かなりうまくやれたのではないかと思っている。もちろんこまごまと反省点や改善しなくちゃなと思うところはあるにはあるけれど、それでも、甲子園にも出ていない無名の高卒ルーキーピッチャーが6回を5安打自責点1で乗り切ったくらいには、じゅうぶん合格点は与えられていいだろう。実力ではないがビギナーズラックなどいろんな幸運にも助けられてはいたけれど。
ぼく個人としての反省点を挙げるとすれば、一応パネリストのひとりとして、もう少し喋るつもりでそれなりに勢い込んで来たのだけれど、あまりその機会がなかったことくらいだろうか。でもそれは、つまるところ今回のメインスピーカーである真神さんからたくさんお話いただけたということであり、真神さんの伝えたい論点を参加者に向けて自分なりに引き出せたという感触もあったので、それはそれで結果オーライである。さらに、これも開催前の心配ごとのひとつであった参加者同士による意見交換が思いのほか活発化したことで時間が足りなくなったこともその要因のひとつではあったので、(スピーカーとしてはいささか残念ではあったけど)イベント主催者としてはむしろよかったと思っている。
今回、自分のなかで新発見があった。それは、イベント準備にあたって話す論点などを整理しつつ、実際にディスカッションに臨んでみたうえで「論客」としての自分というのを発見したような感覚があったこと。決して饒舌に捲し立てるタイプの話者ではないけれど、考えてみればコピーライターなわけだし、重要な論点をコンパクトな言葉でわかりやすく提示するのはそもそも得意分野なのだ。一人語りをやるYouTuberには向いていないけれど、クロストークにはもってこいの人材だと自分で(いまごろにして)気づいたのだ。という話をすると小学校からの幼馴染でENJOY KYOTOでもたまに写真を手伝ってくれているカメラマンの福森クニヒロから「おまえはむかしから上岡龍太郎みたいやったからな」と言われた(その上岡さんもちょうどこのイベント直前に訃報が報じられた…)。
ともあれ、今回は時間などの都合でその発見を実践で試すことはできなかったけれど、次回以降トークテーマや対談相手などによっては、そういう面もお見せできるような回があってもいいかもしれない。またトークイベントのパネリストや、ゲストスピーカー、YouTube番組のゲストなどでチャレンジしてみたいとも思うので、気軽にお呼びいただけるとうれしい。
さて、現在すでに第2回の企画を準備中。今度はぜひ早めに、そして広くみなさんに告知をして、できるだけ多くの方にご参加いただけるようできればと思っているので、お楽しみに。また当日の模様やこの取り組みについての取材などもウェルカムなので、お気軽にどうぞ。
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