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【連載小説】ファンタジー小説:風響の守護者と見習い賢者の妹 第十八話 幾ばくかの休日

前話

 一行はすぐにはマーブルヘイブには旅立たなかった。危急のことではあるが、セイレンに幾ばくかの心の安らぎが必要だ、と言う判断で数日宮殿で生活していた。もっとも表沙汰にはなっていない。国王と女王は風の国のために国を空けているとなっている。政治はカールがうまく回しているため、レオポルトが携わる必要はなかった。
「お前の方が国王に向いてるんじゃないか?」
 あるとき、レオポルトがカールに言うとカールは飲んでいたものを吹き出しそうになった。
「ご冗談を。私には王の素質はありません。セイレンの方がよほど資質がありますよ」
「じゃ、セイレンにやろうかな」
 ポッと言うとユレーネがダメ出しをする。
「リリアーナがしたい放題するわよ。お菓子の城を建てたり」
 さもありなん、と兄であっても思うレオポルトである。だが、セイレンと結ばれれば王妃だ。その勉強もさせないといけないのか、と思うとぞっとするレオポルトだ。
「ユレーネ。任せた」
 そう言って肩にぽんと手を置く。
「何を?」
 急に省略して言われて訳がわからないユレーネである。
「あの祖父と孫」
 ちらっと視線を裏庭にやる。そこには老賢者のアイシャードとリリアーナとセイレンが何事かを話していた。
「本当にお爺ちゃんと孫ねぇ。この国に住まんか、とでも言ってそうね」
「あり得る。アイシャードが簡単に跡継ぎを放り出すはずがない。なんせ、本物の孫娘は舞姫でもうすぐ嫁ぐんだからな」
 そこへ、おにーちゃーんとリリアーナが来る。
「なんだ?」
「お爺ちゃんとセイレンとこの国に住んでいい? セイレンの国は今、大変なんでしょ?」
 いや、大変ですむ問題ではない。国を追われた王なのだ。セイレンは。その国を取り戻すはずなのにこの水の国住むとは……。
 リリアーナの天然ボケはどこまであるのだろうか。レオポルトがあっけにとられているとリリアーナはふっと陰りのある瞳になる。
「セイレンも国を追われたんだもんね。セイレンと一緒になれる日なんてこないんだわ」
 大人っぽい発言にレオポルトとユレーネは顔を見あわせる。
「リリアーナ。心が早く成長して色んな事が見えるのだろけれど、それを隠さなくてもいいのよ」
 ユレーネが軽く抱きしめる。リリアーナなりにお馬鹿な振りをしているのだ。気を回さなくてもいいように。
「隠さなくて良いの? お利口のリリアーナでなくてもいいの?」
「お利口なリリアーナなんてもうどっかにやってしまえ。もう、マルタ様とは会わないんだ。あの方の育て方に忠実になる必要はない。お前の母さんはユレーネのお母さんだろう? リリアーナとして再び生きる事にしたんだろう? すべて自分でつかんだ道だ。大事にしろ。過去は振り向くな。兄ちゃんが後ろで護ってやる。な。リリアーナ」
「お兄ちゃん……」
 ユレーネから離れてリリアーナが兄の胸に飛び込む。そしてわっと泣き崩れる。
「辛かったな。この数年間も。だが、選んだ人生を無用に思う必要はない。それでいいんだ。リリアーナの選んだ道は正しいんだ。人の数だけ人生はある。それが真実だ」
 そう言って頭を優しく撫でる。セイレンはじっとリリアーナの背中を見つめている。
「セイレン。シルフィとリリアーナでデートしてこい。若いヤツには若いヤツなりに出来る事がある。こんな時間は少しだけだ。怖いなら爺ちゃん連れてけ。三人で仲良くピクニックしてこい」
 レオポルトがセイレンに言ってるとどうしたの? とばかりにリリアーナが見上げている。
「たまにはゆっくりしろ。大変だったろう? ここ数日。癒やす時間も必要だ。ほれ。シルフィで爺ちゃんの秘密の場所でピクニックしてこい」
「お兄ちゃん。そのためにはおやつかサンドイッチが必要よ」
 こういう所でしっかりしてるのだがいつ崩れるかわからないのがリリアーナでもあった。
「リリアーナ! お姉ちゃんとサンドイッチとマフィン作りましょう! ほら。セイレンも」
 ユレーネが二人を台所へ連れて行く。
「ユレーネ。頼んだ」
「任せて」
 ユレーネの背中に声をかけると振り向いてにっこり笑うユレーネである。賢い妹には賢く優しい姉がいた。それだけがレオポルトの救いだった。
 
 まだ、戦いの序曲は始まってもいなかった。


あとがき
それなりにアイデンティティーの問題が見え隠れするこの「風響の守護者と見習い賢者の妹」。出自の悩みはレオポルト自体も持っています。自死した前炎の国の王と若くして亡くなった母との間でいろいろ揺れています。リリアーナは前作で母を見捨てました。子供なりの純真な心で。でも成長していく内にどんなに人生を選んでも母は変わらない。産んだ母は一人きり。自分が女性として成長していく過程でリリアーナもまた出自の問題に関わります。そしてセイレン。母も父も知らない彼が風の国に戻ったときに感じるもの。それが何かは見えませんが、三人ともアイデンティティーの物語があるのです。
 前回は二分化された世界の統合と成長などを描いていましたが、今作はより深い世界になります。どこまで描ききれるかわかりませんが、なんとか善処します。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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