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【大人も楽しめる童話】つり目のパンダ

パンダと言えば,目の周りの黒い毛が,
たれ目のように見えてかわいいイメージがありますが,
このパンダは違いました。
目の周りの黒い毛がたれ目ではなく,
つり目のようにつり上がっているのです。

このパンダの名前は,パンキーと言いました。
パンキーのお父さんもお母さんも,
目の周りの黒い毛はたれ目でした。
ふたごの弟,ピンキーもたれ目です。
パンキーだけが,突然変異で
つり目になってしまったのでした。

こんな姿をしているので,
パンキーは動物園のパンダ仲間たちに
怖がられていました。
パンキーが話しかけても,逃げてしまうのです。

「見て,お母さん! あのパンダ,
 目がつり上がってる! 怖いね」

お客さんたちも,
パンキーを指差して怖がります。
ほかのパンダたちのことは
「かわいい」と言っているのに,です。

飼育係のおじさんも,
ほかのパンダには笹を近くまで持って行くのに,
パンキーにくれる時だけ,
遠くから手を伸ばしてくれます。

「おじさんも,ぼくのことが怖いんだ。
 産まれた時からずっと,
 ぼくのことを見ているのに…」   

パンキーはいつも悲しく思っていました。

そんなパンキーも,
子どもの頃は優しいお母さんと
ピンキーといつも一緒で,
楽しく過ごしていました。
自分がつり目だなんて,
気にしたこともありませんでした。

それがだんだんと大きくなって,
子どもどうしで遊ぶようになると,
ほかのパンダたちに,
つり目についてヒソヒソ声でささやかれ,
お客さんたちには
指を指されるようになったのです。

「ぼくは一度だって意地悪をしたことがないのに。
 外見だけで怖いと決めつけるなんて!」

パンキーは大きくなるにつれて,
いつもつり目のこと悩んで,
ふさぎこむようになりました。

「動物園なんかにいないで,
 どこか山の奥で,一人ぼっちで暮らしたい。
 そうすれば怖いなんて言われないし…」

パンキーはそう思って,
人間で言えば中学生の頃,
脱走を試みたことがありました。
夜中に飼育員のおじさんの目を盗んで,
柵を登って外に出ようとしたのです。

「こら,パンキー! 何をしてる!
 やっぱりお前はワルなんだな」

パンキーが柵を乗り越え,
外に出ようとしているところを
見つけたおじさんは,
パンキーを悪者だと決めつけて叱り,
檻の中に連れ戻しました。

それから仲間たちはますます
パンキーを避けるようになりました。
パンキーは,時々はピンキーと
過ごすこともありましたが,
ほとんどの時間を
一人で過ごすようになりました。

パンキーが大人になったある日,
いつものように一人ぼっちで笹を食べていた時,
人間の女の子の泣き声がしました。
パンキーが振り向いてみると,
幼稚園児くらいの小さな女の子が,
パンダの檻のとなりの丘の絶壁の途中で,
動けなくなって泣き叫んでいました。
丘の下の方で,女の子のお母さんらしき女の人が,
おろおろしながら困っています。

「お母さんが見ていない間に,
 登っちゃったんだな。
 檻がなければすぐにでも跳んで行って,
 助けてあげるのに…」

パンキーは思いました。
そうこうしているうちに,
女の子のいる丘の下には人だかりができましたが,
助けてあげる人は一人もいません。

「よし,ぼくが行くしかないか」

パンキーはいつか脱走した夜のように,
柵を登り始めました。
人々も他のパンダたちも,
女の子の方に気をとられていて,
パンキーを見ている者はいません。

パンキーは柵を乗り越えると,
女の子の方へゆっくりと歩いていきました。

「キャー!」
今度は人だかりの中にいた女の人が叫びました。
「パンダが脱走したわ!」
「ほんとだ!」
「危ない,みんな逃げろ!」

人々はパンキーに気づき,
人だかりは一斉に下がって行きました。
絶壁にいる女の子は,
つり目のパンダが近づいてくるので,
怖さで失神しそうな顔をしています。
人だかりが引けたところには,
女の子のお母さん一人だけがたたずみ,
胸の前で手を合わせながら,
祈るように叫んでいます。
「あの子を助けて! 誰か!」

でも誰も近づいて来ようとはしませんでした。
固唾を飲みながら,
遠巻きに女の子とパンキーを見守っています。

女の子はとうとう気を失ったようでした。
パンキーは下でお母さんの悲鳴が聞こえる中,
女の子にゆっくりと手を伸ばすと,
自分の背中の上に乗せました。

「おおっ!」
女の子がパンダに襲われると思っていた人々は,
驚きの声を上げました。

パンキーは向きを変えて,
この子のお母さんの方へゆっくりと歩き始めました。
パンキーが崖を降りていくと,
最初はお母さんも後ずさりしましたが,
パンキーと女の子が下に降り切ると,
駆け寄って女の子を抱き上げました。

「あぁ,よかった,無事で。よかったわ,本当に」
お母さんは,まだ気を失ったままの
女の子を抱きしめました。

パンキーはそれを見届けると,
またくるりと向きを変えて,
檻の方へゆっくりと歩いて行きました。

「あのパンダ…,
 脱走したんじゃなくて,
 この子を助けに来たのか」
「よりによって,
 あのつり目の怖そうなパンダが…」

人々はどよめきました。
そこへ飼育係のおじさんが
騒ぎを聞きつけて駆けて来ました。
おじさんはびっくりしたように
パンキーを見ましたが,
パンキーが逃げたり暴れたりせず,
まっすぐに檻へと帰って行くのを見て,
持っていた麻酔銃や縄も使わずに,
パンキーと一緒に歩き出しました。

パンキーはおじさんが今までで一番,
自分の近くに来たことにびっくりしました。

「人間の女の子を背中に乗せたのも
 もちろん初めてだけど,
 お母さんとピンキー以外,
 誰かがこんなに近くに来たのは初めてだ…」

檻の前まで来ると,
おじさんはドアを開けて,
中に入るようにパンキーを促しました。
パンキーは人々が見守る中,
悠然と檻の中へと戻って行きました。

そこにはパンダの仲間たちが集まっていました。
みんな,今までのパンキーを見る目とは
少し違ったまなざしで,パンキーを迎えました。
でも誰も,何も言いませんでした。
パンキーは黙って,いつも通り,
一人で過ごす隅っこへと戻って,
笹の続きを食べ始めました。

人だかりも,集まっていたパンダの仲間たちも
散って行きました。
ピンキーがやって来て,
「兄ちゃん,人間の子を助けるなんてやるじゃん!」
と言いました。
「当然のことだよ。困っていたから」
パンキーは黙々と笹を食べ続けながら言いました。
「わっ,ナンだ?」
「まぶしい!」

パンキーとピンキーが光の方を見ると,
フラッシュをたいたカメラを持ったカメラマンたちが,
たくさん詰めかけて来ました。
さっきの女の子を抱いたお母さんが,
パンキーを指差してカメラマンたちに教えています。

「兄ちゃん,明日の新聞に載るんじゃないか?
 人助けをしたパンダって!」
ピンキーが嬉しそうに言いました。
「まさか。載るなら脱走したパンダとか,
 つり目の変なパンダとか,そういう記事だろ」
パンキーはぼそっと言いながら,
笹を食べ続けていました。
カメラマンたちは,
パンキーの写真を撮り続けています。

「兄ちゃん,笑った方がいいんじゃないか?
 笹を一心不乱に食べている写真より,
 どうせ新聞に載るなら,もうちょっとこう,
 ポーズをとるとか…?」
ピンキーがいろいろ提案しても,
褒められたことのないパンキーは,
「そんな必要ないよ」と言って
興味なさそうに立ち上がり,
カメラマンたちから離れた方へと
ゆっくり歩き始めました。

次の日の朝刊に,笹を黙々と食べ続ける
パンキーの写真とともに,
パンキーが人間の子どもを助けた記事が載りました。
つり目で怖そうなパンキーの写真と,
檻から出てまで人間の子を助けた
優しくて勇敢なパンダという記事に,
人々は興味を惹かれ,パンキーを見るために
動物園を訪れる人が増えました。

パンダの檻の近くには売店が立ち並び,
パンキーに似たつり目のパンダのぬいぐるみが
売られるようになりました。
「見て,あのパンダだ!」
「ほんとだ、かっこいい!」
「もっとこっちに来てくれないかなぁ。
 写真を撮りたいのに,遠すぎる!」

お客さんたちはパンキーに笑顔で手を振ったり,
カメラを向けたりして,パンキーはたちまち
人気者になりました。

「なんでだろう…,急に。
 あの子を助けたから?
 僕自身は前と何も変わらないのに。
 それに以前は”怖い”と言われていたのに,
 今では”かっこいい”なんて!」
パンキーは,突然の自分の人気に戸惑いました。

「よぉ! パンキー」
「調子はどうだい?」
それからパンキーは人間だけでなく,
パンダ仲間からも一目置かれるようになりました。
からかったり避けたりせず,
友達のように優しく話しかけてくるパンダが,
少しずつ増えてきたのです。
パンキーはますます不思議に思いました。

でもパンキーも少しずつ心を開き,
みんなと友達として接し始めました。
相変わらずつり目ではありますが,
もうパンキーは,
一人ぼっちのパンダではなくなりました。
少しずつ明るくなり,笑うことも増えてきました。

いつもパンキーのことを心配していたお母さんも,
パンキーのよさをみんながわかってくれたことを,
嬉しく思いました。
「あの子は怖そうな外見で生まれてきても,
 ずっと優しい子だった。
 いつかみんなわかってくれると思っていたわ」
お母さんは仲間と嬉しそうに
笹を食べるパンキーを見ながら,
そう思いました。(終)

©2023 alice hanasaki

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