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【大人も楽しめる童話】紫陽花の浴衣

「長崎のおばあちゃんから、浴衣が届いたわよ。
 おばあちゃんの手づくりだって。
 …うふふ、おばあちゃんたらまた冗談言って。
 着ている人の気分によって花の色が変わる、
 ですって。今度のお祭り、これ着て行ったら?」
お母さんが小包を開けて、
おばあちゃんの手紙を読みながら言いました。
「どんな浴衣? 本当に色が変わるの?」
妹のさやかが駆け寄って来ました。
「まさか。おばあちゃんったら、ふざけてるのよ」
「なんだー、つまんないの。
 わー、かわいい。さやか、こっちがいいな」
さやかは赤い朝顔の柄の浴衣を手に取り、
嬉しそうに言いました。

さやかは気持ちを素直に表現するのが
上手でいいなと、あゆみは思いました。
あゆみも赤い朝顔の浴衣の方がいい
と思ったのですが、
嬉しそうに浴衣をからだに当てている妹から、
それを奪うことはできないなと思いました。
「あゆみはお姉さんだから、
 青い紫陽花の浴衣がいいんじゃない?」
お母さんが紫陽花の柄の浴衣を取って、
ふわっとあゆみに渡しました。
(お姉さんって言ったって、
 ひとつしか違わないのにな…)
あゆみはそう思いながら浴衣を受け取ると、
朝顔の浴衣を持って、
くるくるまわっている妹を見ていました。
そして、「私も赤い花の浴衣がいいな」という
簡単な一言が、なぜ言えないのだろう
と思っていました。

お祭りの日がやってきました。
あゆみとさやかは浴衣を着せてもらって、
お母さんと一緒に夜店に出かけました。
「お父さんも来られればいいのにね。
 いつもお仕事でかわいそう」
さやかは初めて履いた下駄が嬉しいらしく、
わざとカラカラ音をたてて歩きます。
「あ、金魚すくいだ。さやかもやりたい!」
さやかは走って、金魚をすくう人たちの
中に入って行きました。
「早くー、お姉ちゃんも一緒にやろうよ」
さやかはあゆみを呼びながらさっさと陣取り、
金魚すくいを始めました。

あゆみは金魚すくいが得意でした。
さやかの網はあっという間に
破れてしまいましたが、
あゆみは赤や黒の金魚や、太めの出目金などを、
次々とすくっていきました。
「お姉ちゃん、すごーい!」
あゆみのまわりには人だかりができました。
「あの子、見て。赤い紫陽花の浴衣の子。
  すごく上手よ」
あゆみの網は、
5匹すくった時にようやく破れました。
おじさんがみんなの前で金魚を
ビニール袋に入れて、あゆみに渡しました。
「いいな。さやかにも金魚、わけてー」
「いいよ」
あゆみがさやかのビニール袋に、
金魚を半分入れてあげると、さやかは大喜びです。

「やったー。あ、お姉ちゃん、
 浴衣が…紫陽花の色が、赤になってる!」
あゆみはびっくりして、
自分の着ている浴衣を見ました。
「本当だ。おばあちゃんが言ってたこと、
 本当だったんだ!」
「すごいね!」
「そんな、まさか…」
喜ぶ姉妹の隣で、お母さんは目を見開いています。

「そういえば…紫陽花って、生える場所によって
 色が変わるって先生が言ってたよ」
あゆみが言うと、お母さんが
首を横に振りながら言いました。
「でもこれは浴衣よ。
 本物の紫陽花と違うんだから、
 色が変わるはずないわ。きっと光の加減よ」
「でもさっき金魚すくうの見てた人も、
 私のこと“赤い紫陽花の浴衣の子”って言ってた。
 私、金魚すくいに夢中だったから
 気にしてなかったけど、
 その時もう赤になってたんだ!」
あゆみが一生懸命説明しているのに、
お母さんはさやかの方を見てぼそっと言いました。
「さやかの浴衣は青になってるわ…」
お母さんは、ますます信じられない
といった顔をしています。
「ほんとだ、青い朝顔になっちゃった!」

さやかはびっくりして、
持っていた金魚のビニール袋を
放してしまいました。
「あー、金魚がー」
あゆみとさやかは、袋から出てしまった金魚を
必死でつかまえました。
「お姉ちゃん、こっちにも。
  でももうお水がないよ」
「わかった、じゃあ私、お水もらってくる。
  ここで待ってて」
あゆみは空になったビニール袋を持って、
金魚すくいのおじさんに
水をもらいに走って行きました。
「よかった、死んじゃうかと思ったよ」
「びっくりしたね」
2人は顔を見合わせました。
「あ、また赤くなってるよ、朝顔」
あゆみが言いました。
その夜、さやかの浴衣の朝顔は
めまぐるしく色が変わっていましたが、
あゆみの紫陽花の色は、ずっと赤のままでした。

お母さんは自分の目で見たにもかかわらず、
まだ浴衣の色が変わったことが
信じられないようでした。
でもあゆみにはとっくにわかっていたのです。
「嬉しい気分になると、花の色が赤くなる」
ということが。
「お母さん、明日おばあちゃんに電話してもいい?
 浴衣、ありがとうって言いたいの」
「さやかは、どうして色が変わるか聞きたい!」
「そうね、明日電話しましょう」
その夜あゆみは、
お母さんとさやかと手をつないで、
カラカラと下駄の音をたてて歩いてみました。

©2023 alice hanasaki

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