見出し画像

【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第10話)#創作大賞2024


★第9話はこちら


★第1話はこちら



第三章 みんなの憧れ山本さん

 山本星来は自分を特別な人間だと思っていた。両親は仲が良く、どちらもそろって獣医師。お金に困ったこともなければ、人間関係でつまづいたこともない。幼少のころから良質な教育をほどこされ、勉強だけではなく芸術的才能も花開かせてもらった。

 そしてなによりも、容姿に恵まれている。くっきりしたバランスの取れた目鼻立ちに、柔らかくツヤを帯びた長い髪。手足の長さも日本人離れしている。

 これだけでも自分が特別だと思うのに十分だったが、あくまでも外側からの要素に過ぎない。人より恵まれていると言われたらそうなのだろうが、星来にとってはそれほど重要ではなかった。

 星来が自分を特別だと思うのは、他人が持っていない能力を持っているからだった。物心がついたときにはすでにこの能力を使いまくっていたから、おそらく生まれ持ってのものなのだろう。

 幼稚園に上がる前に、両親に能力のことを改めて説明された。この日のことはよく覚えている。確か三月三日、桃の節句だったと思う。両親は一人娘の星来のために料亭を予約してくれた。豪華な懐石料理と床の間に飾られた生け花。早く食べたい! と興奮する星来を落ち着かせて、両親は膝を正した。

「今日は星来に大事なお話があるんだ」
かしこまった父の声。
「えー。ご飯食べてからにしよう」
座布団の上で落ち着きなくぴょんぴょん動く星来を、父はこらこら! とたしなめた。

「セイちゃん、あとからデザートとかもあるんだから、まずはパパのお話をききましょ。ちゃんとお話をきけたら、あとから楽しいことがいっぱいよ」
母が言うと、星来はなぜか素直に従える。たぶん、言葉に説得力があって嘘がないからだ。父に対しては、星来はどこまでも甘えん坊のお嬢様のような気分だった。

「星来はときどき、箱の中身を当てたり、具合の悪い犬さんや猫さんの病気を見つけたりするよね」
父はそう言ってグラスの水を一口口に含んだ。
「それがどうしたの?」
きょとんとしている星来を母が引き寄せた。わずかな沈黙が流れる。なんとなく両親の緊張が伝わってきて、星来は思わず二人を交互に見た。

「実はね、パパとママにはできないんだ。パパママだけじゃないよ。ほかの誰にもできない。日本中を探したらいるだろうけど、ものすごく数は少ない。星来の行く幼稚園には多分、一人もいない」
「ん……」
父の言葉はショックだったが、星来の中では「やっぱり」という納得の気持ちのほうが大きかった。

 ときどき母と一緒に行っていた育児支援教室で、たまたま近くで遊んでいた女の子の服の中を透視して、その母親に思いっきり不審がられたのを星来は忘れていなかった。そのとき、星来の母は子育てサポーターの女の人と喋っていて、その場にはいなかった。

 気味悪そうに顔を引き攣らせた親子を見て、星来は深く傷ついた。子ども同士では何度かあったけれど、大人からああいう態度を取られたのは初めてだった。

 確か、女の子の体に付いていた無数のアザが気になって指摘したのだったと思う。それが生まれついてのものなのか虐待の類なのか知りようもないが、いずれにせよ隠されているものをわざわざ指摘されることほど気分の悪いものはないだろう。星来は胸の奥に残っていたしこりを父につつかれたような気分になった。

「誰もできないことを、星来が簡単にやってしまったら、みんなはどう思うだろう?」
「パパ、もういい」
「大事な話よ。最後まで聞いて」
母がやや強い口調で言った。

「本当にもういい。全部分かった。箱の中も服の中も壁の向こうも、視えてしまうのは私一人。こんなこと、誰にもできないってことでしょ」
おそらくこの子は自分たちの知らないところで、すでに能力が原因で傷つく経験をしている。両親はそのことに気づいたようだった。

 星来の手を二人は両側から握りしめた。
「心配しなくても大丈夫だよ。私、ちゃんと分かってるから」
星来は両親を心配させないように精一杯の笑みを浮かべた。

 あの日以来、星来は特別な能力のことを他人には言わなくなった。が、能力自体は必要な時にいつでも使っている。減るものなら減るもので仕方がないが、今のところ減る様子はないし、むしろちょっとずつ研ぎ澄まされてきているような気がしないでもない。

 最初のうちは人助けにしか使わないと誓っていた。しかし、最近では自分の欲のためにも惜しげなく使っている。

 私は特別な人間だけど、同時に俗な人間でもある。そう開き直ると、毎日が楽しかった。


#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門


★続きはこちら


この記事が参加している募集

サポートしていただけたらとっても嬉しいです♡いただいたサポートは創作活動に大切に使わせていただきます!