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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第11話)#創作大賞2024


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「セイちゃん、入るよ」
ドアの向こうに母、月子の声。
「いいよ」
部屋に入ってきた月子は『山本動物クリニック』の白衣を脱ぎ、代わりにエプロンを付けている。去年の母の日に星来がプレゼントした赤い帆布生地のやつだ。

「あの件どうなった? 進展は?」
一通り夕食の準備を済ますと、こうやって訪ねてくるのがここ最近の月子のルーティーンになっている。
「もうほぼ解決って感じかな」
星来は数学の教科書とノートを閉じながら、片目を瞑ってみせた。

「今日の夕ご飯、なに?」
「今日は豚肉の生姜焼きと、レタスとトマトのサラダに豆腐のお味噌汁」
「なるほど」
生姜焼きはおととい食べたばかりだと言おうとして、やめた。

 毎日動物クリニックを夫より一時間早く切り上げ、夕食の買い出しに行って、軽く部屋の後片付けをしてから夕飯の準備に取り掛かる月子。家族の中で明らかに一人だけオーバーワークだ。

 まあ、パパにはクリニック院長としての責任があるし、自分も受験生だし、仕方がないと言ったらそれまでだけど……。大学受験を終えたらちょっとは家のこと協力しよう、と星来は思った。

「でもさ、ちょっと歪んだ正義感な気もしてきた」
星来は頭の後ろで腕を組みながら大きく息を吐く。
「セイちゃんが罪悪感持つことないよ」
ベッドに腰を降ろして月子がきっぱりと言う。
「だって、百パーセントいじめをするやつが悪いんだから」
「そうは言ってもさ……。私がやってることも一歩間違えば脅迫だよ」

 星来のクラスには女子の仲良しグループがいくつかあるが、そのうちの一つでいじめが発生していた。三人が一方的に一人をターゲットにしている。

 普段は四人でキャーキャーと周りの迷惑も顧みずに大笑いしているのに、その日は違った。一人が自分の席で突っ伏し、あとの三人がその背後から睨みつけるような視線を送りながらヒソヒソやっていた。

 あまり好きなグループではなかったけれど、はぶかれてしまったのは同じ中学出身の沢井由芽という子で、クラスが別々の頃は忘れ物をするとお互いに貸し借りしたり、それなりに信頼関係があった。

 時間が経つにつれ、いじめはエスカレートしていった。SNSでの誹謗中傷や晒し行為、学校では教科書が破かれたり靴ひもをズタズタにされたり。見るに見かねて、クラス委員長のグループが担任に報告しようとしたが、本人に拒絶された。

 いじめのリーダー格の女子はとにかく性格が強い。教師を巻き込んだりしたら倍にして返される。沢井由芽はそれを恐れていた。

 星来が視線を向けていることに気づくと、沢井由芽は力ない笑みを返してきた。その様があまりにも痛々しくて、星来はツンッと胸の奥が痛んだ。別に仲良しではないけれど、こういうのすっごく嫌。そろそろ私の出番か。

「そもそものいじめの原因が、ママは気に食わない」
月子は以前娘から聞いた話を思い出して、怒りが再熱したようだった。言葉が自然と強くなる。
「なんなの! 自分の推しをバカにされたような気がしたって。本人はそんなつもりないって言ってるんでしょ?! なんでそこからこんな卑劣ないじめにつながるのよ」
「分からない。恋は盲目って言うから、多分いじめっ子リーダーは周りが見えない状態なんじゃないかな」
月子の圧に押され、星来の声は小さい。

「アイドル? ユーチューバー? なんだっけ?」
「主にユーチューブで作品を発表している歌手……かな」
「歌手か。それって、あなただけのものなんですか? って私なら言ってやるわ。お前が今友達にやっていること知ったら、その歌手はさぞ幻滅するだろうなって」
「ママ、落ち着いて」
「だってそうでしょ?」

 以前別のいじめ問題(そのときは男子生徒のグループだった)を星来が解決したときも、月子はこんな感じで「私がその場にいたら」を展開していた。ママって本当に正義感のかたまり。弱い者いじめがなによりも許せない。だから弱いものに寄り添う獣医師になったのかな……。

 自分とは正反対だと星来は思う。私はどちらかと言うと静観タイプ。落ち着いて状況を見ることができるのはこの特別な能力があるからなのかもしれないけれど、なかったとしても、ママみたいに熱くなりすぎるのはちょっと違うかなって思う。

「で、いじめっ子の反応はどうだった?」
月子は興奮を抑えながら星来を見た。
「うん。効果あり」
「ホント? セイちゃん、さすがセイちゃんだわ。この必殺仕事人」
学校で起こっているいじめ問題に直面したとき、星来は都度月子に相談していた。もう三つは解決に導いている。

 アイディアをくれたのは月子だった。その方法を試すと、ほとんどの場合はいじめっ子にそれなりの気づきを与えることができる。パパに知られるとやめろって言われそうだから、これは二人だけの秘密にしておきましょう、と月子は言った。

 それ以来、二人だけの秘密結社のような関係が続いている。
「必殺……なに?」
「なんでもない。セイちゃんは世代じゃないわね」
と言って月子はフフフと笑う。

 いじめ問題を解決に導く月子のアイディアは、星来にとっては朝飯前だった。いじめっ子の部屋を透視して、本人しか知り得ないことを手紙に事細かく書いて届ける。これだけ。

 星来は、半径二キロメートルの範囲なら容易に透視できる。わざわざ本人の家の前をうろつく必要がない。二キロ圏内のファストフード店でハンバーガーとシェイクを頼んでのんびり友だちとおしゃべりしながらでも、意識をそちらに飛ばすことができた。

 罪悪感は特にない。だって、神さまは私に罪の意識を植え付けるためにこの能力を与えたわけじゃないと思うから。この特別な能力を使って私が私の納得いく生きかたを選択していくことこそが、神さまの本意だと思う。これが都合の良い解釈であることは承知していたが、不思議とそう思えた。

 今回の透視では、いじめっ子リーダーの部屋と浴室に意識を飛ばした。内容は細かければ細かいほど相手にダメージを与えることができる。

 机の引き出しに入っていた賞味期限切れのチョコレートの箱、ハマっているらしい少女漫画の本の並び、脱ぎっぱなしのまま放置されている靴下の柄、ベッドの下に落ちたままのポテトチップのかけら(のり塩味)。

 入浴時間が分からなかったので、週二回の塾の日を利用してずっと意識をいじめっ子リーダー宅に飛ばしていた。

二十一時。意外と早い。ほうほう、顔に似合わずガーリーな下着が趣味なのね。へえーCカップはあるかな? ああ……右腰に小さなほくろが二つ。手首のラインは私の趣味じゃないわ。足首もダメね。まずは髪を濡らして、洗顔からいくのね。あら、あのシャンプー私が前に使ってたのと一緒。

データは十分に取れた。あとは手紙を書くだけだった。


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