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はぎつかい

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短編小説『はぎつかい』全五話
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はぎつかい 一話

一面の萩だった。どこもかしこも萩、萩、萩。すべての萩が空の上から枝垂れている。あぜんとしている僕に、君は言った。

すごいでしょ。
 うん、すごい。
すごいよね。
 うん、すごい。

僕はすごいしか言えなかった。口をぽかんと開けたまま、上を向いて歩いた。

時々、顔戻さないと。のどとか口とか、からからになるから。

慌てて僕は顔を正面に戻した。ごっくんとつばを飲み込む。ちょっと飲み込みにくかった。

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はぎつかい 二話

石澤くん、東京にお帰りですか。

キヨスクのレジで、そう言われて仰天した。ペットボトルと財布しか見ていなかった。

 え、なんでここにいんの。
バイト。三十円のお返しです。

君の右手から、十円玉が僕の手のひらにそっと落とされる。4.5×3=13.5グラム。軽いのか重いのかわからない、ただあたたかい。

 あー、夏休み中に集中講義があるから、早めに戻んないとさ。

なぜか僕は言い訳している、と思っ

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はぎつかい 三話

なんかね、こないだ、すごいの見た。

中学校の体育祭は、一年生のクラス対抗リレーが始まっていた。後輩の応援をしようと、前の方へ移動した人たちの空いた椅子に、違うクラスだった君が腰かけて言う。僕のななめ後ろの椅子。

 すごいのって、なに。

僕は後ろを振り返らずに言う。君も身を乗り出したりはしなかった。声はとても興奮しているのに。

なんかね、すごいの、もう、ぱあーってなってね、ひかってね、ぎゅい

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はぎつかい 四話

あたし、ハギツカイだって言われた。萩に。

初めて、そしてその一度きりだったけれど、あそこに一緒に行ったとき、小学四年生だった君は言った。

なんかね、聞こえたの、あんたはハギツカイだから、って。

僕はずっと萩使いだと思っていた。でもそれは違っていた。この土地の訛りで、エがイのように聞こえることがあるのだ。だから正しくはハギツカエ、萩仕えだったのだ。

 それはさ、全然意味が違ってくるじゃん。

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