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ある本を読んで

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#小説

「パンドラの匣」太宰治著を読んで

登場人物の渾名がよい。
雲雀、マア坊、竹さん、つくし、越後獅子、固パン、かっぽれ。

お決まりのやり取りが楽しい。
「ひばり。」
「なんだい。」
「やっとるか。」
「やっとるぞ。」
「がんばれよ。」
「ようし来た。」

それは結核療養所という過酷な空間を、
なんだか不思議に明るく彩る。

私がなによりこの小説で重要あると感じたのは、文章がすべて「手紙」であるというところだ。

手紙とはすなわち「書

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「それを愛とまちがえるから」井上荒野著 を読んで。

いつでもそうなのだ。今度こそ何かがはっきりすると期待して、結果的には混迷がいっそう深まることになってしまう。

なんだか言えなかったり、言い間違えたり、言ったら本当になってしまったり。

みんながそうかはわからないけれど、少なくとも井上さんもきっとそんな風に日々を感じていて、私がモヤモヤ眉間辺りに溜め込んでいることを、じょうずに言葉にしてくれて、それにすごく救われている。

(ただ、文庫に関しては

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狡い男 山田涼介演(仮) / 「最後の息子」吉田修一著 を読んで

「閻魔ちゃん」という渾名がすごくいい。ぼくの恋人、閻魔ちゃん。

「ぼく」は閻魔ちゃんに、ようは飼われている。ぼくは閻魔ちゃんの愛人でいるべく、努力をしている。ウェットに飛んだ知識の収集、それをひけらかさない忍耐、そしてダメンズウォーカーの欲を満たすためのあえての暴力。

愛されている関係というのはらくだ。
求められている事に、上手に応えていればよいのだから。

相手が求めている自分を演じる。

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「静子の日常」井上新野著 を読んで

人生にも映画のように音楽が流れればいいのにと思う事がある。そうしたら救われるのに。

井上さんの作品はそういう意味で、音楽のない文章だ。頑張っても報われないし、期待通りにはならないし。困っていても誰も助けてなんてくれない。すれ違った気持ちは伝わらないまま。怒っても喧嘩になることもなく、なんとなく過ぎていく。悲しみや憎しみはドラマチックなものなんかじゃなくて、もっと日常的なものなのだ。

井上さんは

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