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ドラマや映画の「平凡な主人公」がむしろ非凡に見えて眩しい、30歳無職。

子どもの頃からドラマや映画を観るのが大好きだった。
知っている人がいるかはわからないが、幼稚園の頃は『有言実行三姉妹シュシュトリアン』という変身系ドラマにドハマリし、一人でごっこ遊びをしていた。
その後は『若草物語』『メリー・ポピンズ』『サウンド・オブ・ミュージック』など、洋画にドハマリし、小学校からは『ハリー・ポッター』に人生を捧げた。
今でもドラマと映画、合わせて年に100本、多いときは200本ほど観るほど好きである。一時期は狂ったように毎日2〜3本映画を見ていた時もあった(さすがに目が潰れた)。

ジャンルは様々で、超ポジティブアメリカンコメディを観ることもあれば、後味の悪いサイコスリラー作品を観ることもしばしば。キャー!とつい声を上げたくなる甘々なラブコメも観るし、セリフが少ない静かな作品で心を浄化することもある。
ただ、好きな映画は?と聞かれると真っ先に『はじまりのうた』と答える。音楽が美しいヒューマンドラマは、サントラを購入してしまうくらい大好物である。

1月8日(日)からスタートした、新ドラマ『ブラッシュアップライフ』を観た。
地方公務員として働くごく平凡な主人公「麻美(安藤サクラ)」が33歳で突如、事故に遭い人生を終える。来世も人間として生まれ変わるために徳を積むべく人生2週目を始める──というストーリーである。
登場人物たちのナチュラルすぎる会話が面白くて、小気味よく展開していくヒューマン・コメディ作品だ。
自分にも身に覚えがあるような会話の内容や、ところどころ皮肉っぽい登場人物たちが人間らしくて共感する。あまりにも自然過ぎて、「あれ?これ誰かのやりとり盗撮してるんだっけ?」と錯覚するほどである。

面白いのは間違いないが、主人公が“平凡”として描かれていると、私はつい「本当に平凡か?」と首を傾げてしまう。
このドラマに限らず、“平凡”として描かれる主人公たちは、たいてい心身共に健康で1日に8時間✕週5日勤務を何年も続けていたりする。ストレスは抱えつつも、日々折り合いをつけながら暮らしていくのだ。

『ブラッシュアップライフ』の主人公・麻美にいたっては、月に2回は集まる中学時代からの友人が2人も居て、両親や妹も健在で関係も良好だ(今のところは良好に見える)。
これのどこが平凡なんだ!?“平凡”のハードル高すぎぃ〜!!どんだけぇ〜!と、私の内なるIKKOさんが叫ぶ。
ちなみに私は社会に出てからの6年間のうち、働き続けられたのは最高で2年半である。いかに“平凡”が難しいことなのか、痛感せざるを得ない。

健やかに毎日働けること、家族や友人が健在であることは“平凡”なのか?
昔話に花を咲かせられる友人たちに恵まれ、仕事の愚痴を吐ける同僚がいることは“平凡”なのか?
私からすると、社会を生き抜くキラキラ眩しいすげぇ人たちに見えるのである。平凡どころか、非凡だ。

1歳の甥っ子を見ていると、ふと思う。
布団から出て着替えるだけでもすごい、
ご飯を食べるだけでもすごい、
歯磨きやお風呂に入るだけでもすごい
たくさん遊んで、たくさん寝て、笑っていられるだけでもすごい。
大人だったらできて当たり前のことと思いがちで、できない自分を責めてしまいがちだけど。
日常生活を送れるだけでも充分にすごいことだし、えらいじゃないか、と思うのである。別にちゃんとしてなくたって、部屋が汚くたって、1日中You Tube見て終わったっていいじゃないか。

無意識に“平凡”のハードルが上がっていないか?できて当たり前と思っていないか。
ドラマや映画を観ると、自分のことを立ち返って考える新たな視点をもらえる気がして、やっぱりドラマや映画って面白いな、と思うのだった。

イラストbyあっこ
平凡のハードルたっけぇ〜〜


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