見出し画像

休職日記#7 勇気を出して電車に乗ったらありがとうと言われた

電車に乗るのは、少し怖い。緊張する。動く箱のなかに、見知らぬ人たちがたくさんいて、同じ空間を共有することを想像すると呼吸がうまくできなくなる時がある。乗った時に自分に向けられる何気ない視線(実際は見られていないけれど)も、緊張する要素だったりする。

学生時代に、電車の中で過呼吸に陥ったことがある。呼吸の仕方が突然わからなくなり、冷や汗をかきながら「早く着け、早く着け」と念じた。駅に着いて扉が開いた瞬間、ホームに倒れ込んだ。

あれからもう10年近く経つのに、体調が悪い時、特に気分が落ち込み気味の時は、当時の記憶が蘇ってくる。

今日はメンタルクリニックの日だった。月に一度の通院デーだ。
通っている病院は、隣町にある。
駅で一駅。乗車時間は5分くらい。車だと15分ほどかかる。
電車で行くか車で行くか。私にとっては重大問題である。

元々、家で過ごすのが好きな私は、休職してからいっそう引きこもるようになった。徐々に筋肉が衰えて体力も落ちている。一日に少しでも歩いた方が良いと医者からも言われているから、電車で行く方が良いだろう。
会社に出社する時は片道2時間かけて行っていたし、乗れないはずはない。
頭ではわかっている。
でも、やっぱりちょっと怖いのだ。
体調が万全で、身なりも超パーフェクトで武装していかないとなんだか不安なのだ。たとえ、たった一駅、5分だけだとしても。

それなら車の運転をすればいいかというと、それもまた難儀だ。
車なら、自分一人だけの空間なので安心感はある。
けれど、あまり体調が万全ではないときに運転するのは危ないと、10年以上前に教習所で習ったのを思い出す。

仕方がない。電車で行くしか方法がない。
このご時世、外出時はマスクをするから化粧しなくても問題はない。身なりだって今日は寒いから上着を着てしまえばわからないし、適当でいい。適当にジーンズとシャツを着た。とにかく行くことが大事なのだ。

誰も見てない、見てない。
そう言い聞かせながら、ホームに滑り込んできた電車に乗り込んだ。
ドアに一番近いところに縮こまるように立ち、電車に揺られる。車窓を見る余裕なんてなく、無意味にスマホをタップする。イヤホンから流れてくる音楽に意識を向けていたら、あっという間に駅に着いた。

ホームに降りて、ほっと一息。
ほら、やっぱり大丈夫だった。なんてことないさ。

電車に乗っただけなのに若干の疲労感を覚えつつ、ホームの階段を登る。体力が衰えていると、これだけでも息が上がる。

改札を出て、券売機に寄った。帰りの交通費を先にICカードへチャージするためだ。
1000円ほどチャージしていると、ふと隣の券売機でおばあさんが戸惑っている様子だった。ICカードを片手に、券売機を覗き込んでいる。

「大丈夫ですか?」

声をかけると、おばあさんは少しびっくりした様子を見せた後、眉を下げて「すみませんね、カードをどこに入れたらいいかわからなくて」と言った。

その券売機はカードを置いてチャージするタイプで、たしかに私も初めて使った時は戸惑ったことを思い出した。

「ここに置くんですよ〜わかりづらいですよねぇ」
「そうなの、なんだかもうよくわからなくなっちゃって」

無事チャージが完了すると、おばあさんは

「ありがとうねぇ。とても助かりました」

と言ってくれた。マスクをしていてもわかるくらい、優しい笑顔に思わず目頭が熱くなった。見ず知らずの人に「ありがとう」と言われたのがあまりにも久しぶりすぎて、温かいものがじんわりと広がる心地がした。

勇気を出して電車に乗ってよかった。
電車に乗らなければ、おばあさんに出会うこともなく「ありがとう」なんて言葉を言われることもなかった。
ちょっとした勇気がこうして積み重なって、自分への「大丈夫」につながっていくのだろう。

縮こまっていた肺が大きく膨らんで、なんだか呼吸がしやすくなった気がした。
私は、「よし」と足取り軽く歩き始めた。


イラスト:あっこ
おばあちゃんの優しい笑顔が忘れられなくて、描きました。
実はよく見ると、あのICカードを持っています笑

この記事が参加している募集

#最近の学び

182,163件

よろしければサポートお願いいたします🌿いただいたサポートは、新しい学びの資金に使わせていただきます!