私はT君と、カップラーメンを2人ですする関係になりたかった
大学1年生の時、映画サークルの部長だったT君に熱烈に片思いした。
黒目がちの可愛い顔立ちで、優しくて面白いのに、3年留年が決まっている破天荒なところとか、履いているズボンがお洒落じゃないリアルダメージジーンズで、太腿の内側とか変なところに穴が空いているのに履き続けるところとか、会話の途中で虚空を眺めだす不思議な間合いとか、全部が魅力的に映った。
T君のことが好きすぎて、周りの人にT君が大好きなことを言い回ってたら、T君は距離を置くそぶりを見せるようになった。
映画サークルでT君は録音を担当していて、私は興味ないくせに録音助手の仕事を買って出て、T君といろんな現場で映画撮影に参加した。彼との距離は縮まらないけどケーブルを素早くきれいに巻く技術は習得し、その技術は洗濯の時、風呂水給水ホースを巻くのに役立っている。
学食の食堂に行くと、T君とT君の友達が一緒にご飯を食べてて、私もT君とご飯食べたいなあ、なんて思ったりしてた。
T君と初めて2人でご飯を食べたのは大学1年の12月。
掛け布団から顔を出したら、火照った頬に冷たい空気が触れた。気がついたら日が落ちていて、カーテンの隙間から差し込む街灯の光が部屋を薄暗く照らしていた。
「おなか空いたね。なんか食べに行く?」
隣で寝ていた裸のT君が、私に声をかけた。
「うーん・・・カップラーメン食べません?」
「そんなんでいいの?」とT君は笑った。
「だって、Tさんとカップラーメン、一緒に食べたいな、ってずっと思ってたんです」
カップラーメンがT君の部屋になくて、服を着て、アパートの1階にあるコンビニに一緒に入った。薄暗い部屋に何時間もいたから、コンビニの蛍光灯が目に刺さるようだった。
部屋に戻って、一緒にカップラーメンにお湯を注いだ。暖房が効いてないから、真っ白い大きな湯気がもうもうと立ち昇って、部屋の空気が潤んだ。
汁が飛んだり、ズルズル音を立てたりしたいように、私はラーメンの麺をちょっとずつ口に運んだ。部屋の中で、T君がズルズルラーメンを啜る音だけが静かに響いた。
T君の部屋で、T君と二人並んでカップラーメンを食べている。
夢に描いていたシーンを実現できたことが嬉しくて、私の気持ちは弾んでいた。
「おれ、大学やめて、地元に帰るかもしれない。」
T君が呟いた。
「なんでですか?」
「3年も留年決まってるし、法学部の試験が難しくて頑張っても卒業できるとも思えない」
みんながネタにしていたT君の3年留年を、本人は思いの外重く受け止めていた。
「付き合っても、おれ、急に大学辞めていなくなるかもしれない。それでもいい?」
「何もないより、何かあった方が嬉しい。思い出、作りたいから、それでもいい」
「そっか」
T君は、お湯を入れた時よりか細くなった湯気が、天井に向かって昇っていく様をぼんやり見つめていた。
それから私とT君は、5年近く付き合った。
海に行ったら、T君が実は泳げなくて浅瀬だけで遊んだり、旅行に行きたいけどお金がないから、横浜を深夜から明け方まで歩いてみたり、カニを代用してカニ蒲鉾を入れた鍋を食べてみたり、学生らしい可愛い思い出を沢山作った。
大学卒業後も交際は続いたが、何の前触れもなく、ある日突然、T君は会社を退職し地元に戻ったことで、私たちは別れることとなった。
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