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”好き”が溢れて止まらない――恋の彩りを丁寧に描いた「mellow」

いくつになっても、自分の気持ちを素直に伝えるのは難しい。それが恋愛感情となると尚更だ。しかし1本の映画に、そんな固定観念を打ち崩された。今泉力哉監督の新作「mellow」である。

今泉監督と言えば、昨年公開された「愛がなんだ」「アイネクライネナハトムジーク」という2本の作品で大きな話題を集めた注目の監督。恋愛模様をリアルに描く名手として、これまで多くの恋愛映画を手掛けている。その今泉監督が新たに挑んだのは、街で一番おしゃれな花屋を営む夏目誠一を中心に、彼に関わる人々のあらゆる恋模様が描かれる恋愛群像劇。今回も心の奥まで温まる素敵な作品だった。

主演の夏目を演じたのは「おっさんずラブ」でのブレイク以降、途切れず様々な作品への出演が続いている田中圭。花が好きで、洗練されたセンスを持ち、陽だまりのような笑顔でお客を迎える夏目というキャラクターにぴったりはまっていた。この作品の中では3人の女性に好意を寄せられるモテ男で、ある意味「おっさんずラブ」で演じた春田を思わせる面もあるが、春田の“愛すべきポンコツキャラ”が影を潜め、穏やかで落ち着いた大人の男性という更にモテ要素高めな男をナチュラルに演じている。
タイプは違えど、田中圭は”愛される男”がとても似合うと改めて実感した。

その夏目に想いを寄せる三人の女性がまたいずれも魅力的。今泉監督は女優の魅力を何倍にもして引き出して見せるのが本当に上手い。

一人目は主婦の青木麻里子。彼女は人妻でありながら自宅に花を届けてくれる夏目に恋心を抱き、夫に離婚を切り出すというなかなかぶっ飛んだ女性だ。更に夫同席の元で夏目に「好きです」と告白。夫は夫で妻を擁護し、夏目を更に困惑させる。花を届けただけなのに、常識からかけ離れた青木夫妻の行動に振り回される夏目の慌てぶりがとてもおもしろかった。明らかにズレているのに、絶妙な間合いで滑稽に見せる麻里子を演じたともさかりえが抜群に効いている。唯一毒気になり得る存在を、作品のスパイスにしてみせた。こういう役を演じるともさかりえは本当に上手い。現実にいたらドン引きするだろうけど、あまりの突拍子のなさに思わず爆笑しそうになった(実際、隣席の男性は堪え切れず声を上げて笑ってた)

二人目は中学生の宏美。宏美は後輩の陽子から好意を寄せられている。このふたりの関係性がまた愛らしい。宏美は陽子の告白に対し「ありがとう。でもごめんね」と正直な気持ちを伝えたが、これをきっかけにふたりの距離が近くなる。そして陽子の行動に影響を受け、宏美も夏目に想いを伝える。
夏目の答えも「ありがとう。でもごめんね」
この返事が、切なくも温かい…伝えてよかったと思える言葉であることに救われる。演じた志田彩良と松木エレナ、ピュアでまっすぐなふたりに心が洗われた。

三人目はラーメン屋を営む木帆。彼女は亡き父から継いだラーメン屋を悩んだ末に閉め、留学して自分の夢に挑戦することを決断する。夏目への想いを自覚しながらも「好きという気持ちは表面化しない」という考えから、彼女は自分の気持ちを胸に秘め続ける。そんな木帆の気持ちは痛いほど分かった。そして最終的には夏目に手紙で自分の気持ちを伝えた木帆に深く共感。そんな木帆に父が送った手紙には、娘への深い愛情が感じられて思わず号泣した。
木帆を演じた岡崎紗絵がとにかく魅力的。彼女は昨年ドラマ「パーフェクトワールド」を観てから注目していたが、表向きは明るくてしっかりしている今どきの女の子、ただ内面ではいろいろなことを慎重に考えすぎて抱え込んでいるような繊細なキャラクターを演じるのが上手い。現在も「アライブ がん専門医のカルテ」で研修医を演じているが、ナチュラルな演技に好感が持てる。今後様々な役を見てみたい女優のひとりになった。

「mellow」には誰一人として悪い人が存在しない。世間の感覚とは少しズレている青木夫妻も、人を愛する気持ちに正直に生きているだけなのだ。
この作品を通して人を好きになること、気持ちを素直に伝えることがどれほど尊いことか…深く考えさせられた。ドラマチックな出来事がある訳ではない。何気ない日常の中で、ふとした瞬間に「この人が好きかも」と感じる…そんな些細なきっかけから、じわじわ気持ちが熟していく登場人物たちをいとおしく感じ、自分もそんな風に生きてみたいと思った。今泉監督らしい、温かくて愛が溢れている作品である。

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