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小さな幸せが連鎖する――「アイネクライネナハトムジーク」で描かれた、人が出会う奇跡と必然

今年上半期に大きな話題を集めた映画「愛がなんだ」で監督を務めた今泉力哉監督の最新作「アイネクライネナハトムジーク」が9月末に公開され、再び各所でロングラン上映が続いている。

原作は伊坂幸太郎の同名小説。この中に収録された「アイネクライネ」が親交のあったアーティスト・斉藤和義の楽曲「ベリーベリーストロング~アイネクライネ~」の元になったという縁で、主題歌と劇中音楽を斉藤和義が提供するということでも注目された作品だ。原作は連作短編集なので、映画でもそれを生かした”恋愛群像劇”となっている。

ストーリーの主軸を担うのは、交際10年のカップル・佐藤と紗季。
仙台駅前で街頭アンケートを取る仕事をしていた佐藤が、路上で弾き語りをしていたミュージシャンの歌に聴き入っていた時、同じように足を止めていた紗季に声をかけたのが二人の出会い。運命を感じるような「劇的な恋のはじまり」を求めていた佐藤はこの日の出来事がずっと心に残っており、偶然再会した紗季に再び声をかけ、二人は付き合い始める。

そこから10年を経て、意を決してプロポーズをした佐藤に対し「10年付き合ったからって、結婚しなくちゃいけないの?」と、紗季は答えを保留する。紗季は決して結婚したくない訳じゃなかったはず。ただ佐藤のいま一つはっきりしない態度に、不安を覚えたのだろう。同棲していた部屋を出て、しばらく実家に帰ってしまった紗季の気持ちがわからず、佐藤は苦悩する。

佐藤を演じたのは三浦春馬。彼が兼ね備えているキラキラオーラをきれいに消し去り、根はまじめだけどどちらかと言えば気弱で決断力に欠け、でも心優しい佐藤というキャラクターになり切っていたのが見事だった。そして紗季を演じた多部未華子とのバランスもよかった。この二人の過去の共演も見ていたせいか、並んでいてしっくりくるのだ。正直見た目は10年経った感じがあまり出ていなかったが、長年付き合っている落ち着いたカップルの雰囲気が出ていたのはこの二人だからこそ。一度離れて、改めて佐藤との結婚を決意して二人の部屋に戻ってきた紗季が見せた心からの笑顔が、ものすごく可愛らしく、眩しかった。多部ちゃん…素敵な女優さんだ。

そんなふたりの周りに登場するキャラクターも、また魅力的な人が多い。
まずは佐藤の学生時代の友人である織田一真・由美夫妻。お調子者の一真にしっかり者の由美――娘の美緒にですら「なんで結婚したのか?」と思われてしまうような一見アンバランスな夫婦だ。

一真の行動や言動は、妻の立場だったら正直耐え難いだろう…と思ってしまうようなどうしようもないものが多い。それでも由美は怒りを表すでもなく、もちろん三行半をつきつける訳でもなく、なんてことはないというように自然に一真に相対している。それがすごく不思議なのだが、佐藤が明かした二人の結婚の馴れ初め…まだ学生だった由美のお腹に美緒ができた時、一真は迷わず大学を辞めて就職し、結婚することを決めたというエピソードから、一真の決断力の速さや意志の強さに対する由美の信頼があるんだろうなということを感じた。

そして娘に対して「この家族4人の形がいい」と言い切る由美は、とてもかっこいい女性だ。演じた森絵梨佳が見事なはまり役。彼女には”モデル”というイメージしかなく演技を見たのはほぼ初めてだったが、ごく自然に20代~30代にかけての変化をしっかり演じ分けていた。今後もっといろいろな役を演じる彼女を見てみたいと思う。

そんな一真と由美の娘・美緒を演じた恒松祐里と、美緒に想いを寄せるクラスメイトの久留米を演じた萩原利久もまた魅力的。特に恒松祐里は今年公開された「凪待ち」でも難しい役をとても印象的に演じていたのが記憶に残っているが、今回も思春期真っ盛りで親に少し反抗心を見せつつ、素直で正義感溢れる気質も垣間見える等身大の女子高生を自然に演じていた。

そして多くの登場人物に影響を与えたボクサーのウィンストン小野と、パートナーとなる美容師の美奈子。美奈子は由美の友人で、小野は元々美奈子の顧客だった香澄の弟というつながりがあり、ふたりの出会いが様々な人たちの人生に少しずつ影響を与えることになる。

妻に逃げられた時、ウィンストン小野に勇気をもらった佐藤の上司の藤間さんと娘の亜美子。ウィンストン小野にボクシングを教わり、いじめを克服した中学生。もちろん佐藤も影響を受けており、ウィンストン小野は彼らが日常で戦える勇気を与えていた。

チャンピオンの座から引きずり降ろされ、再び挑戦者としてリングに上がり続けたウェストン小野と、その挑戦を支えた美奈子。登場シーンは決して多くなかったが、実はわたしはこのふたりの存在が作品のベースを支えていたと感じている。それくらい、小野と美奈子は素敵なカップルだった。出会いはよくある「姉の紹介」だったが、小野がボクサーであることを隠し、チャンピオンになったら告白するという展開はとてもドラマチック。成田瑛基・貫地谷しほりの熱演が光っていた。

群像劇なだけあり今作には多くのキャラクターが登場するが、それぞれが異なる魅力を持っていてどの人物にも共感できる部分がある。それが「愛がなんだ」との決定的な違いだ。

「愛がなんだ」は、以前レビューにも書いた通り「誰にも共感できないところが逆に興味深くておもしろい」と感じる作品だった。危なっかしくて厄介なテルコにも、女を振り回すTHE・クズ男なマモルにも、誰に何を言われても我が道を行く葉子にも、片思いを拗らせすぎて歪な関係から抜け出せないナカハラにも…正直突き抜け過ぎていて全然理解できないのに、そこに興味を引かれた。

対する「アイネクライネナハトムジーク」は「愛がなんだ」のキャラクターほどアクの強さはなく、「自分もこういうところあるよなぁ…」とか、「あのエピソード、あの時の経験に似てるなぁ…」というように、寄り添って共感できるキャラクターが多い。どちらも映画として素晴らしい作品なのだが、個人的な好みを言えばわずかな差ではあるが「アイネクライネナハトムジーク」に軍配を上げたい。

「アイネクライネナハトムジーク」で描かれたのは、人と人が出会い、そこから始まる何通りもの人生の物語だ。この人と出会ったからこそこんな経験ができた、こんな転機が訪れた、こんな幸せを味わえた…人生に大きな影響を与えてくれる人と出会えるのは奇跡みたいなものだけど、その出会いは必然だったのだと思えたらこんなに素敵なことはない。そんな登場人物たちの小さな幸せが連鎖して、心が温かくなる。そして観終えると、無性に人とつながりたくなった。

ちょっと心が弱った時に見たら元気づけられるだろうし、その時々の自分の状況で感情移入するキャラクターが異なると思うので、毎回違う見方ができる気がする。わたしの中で「繰り返し見たい作品」の1本にランクインしたのは間違いない。今泉監督が描く世界に、また虜になった。

来年も「his」「mellow」「街の上で」と公開予定作品が続々と控える今泉監督の活躍は、同世代として非常にうれしい限り。今、多くの映画ファンに求められる監督であり、役者さんからも「今泉監督の作品に出たい」と乞われる監督だと思う。来年公開の新作を楽しみに待ちたい。

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