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中国フードテック市場 最新動向(後編)

前編では人工肉の中国市場トレンド、および国内外の参入プレイヤーの特徴について解説した。

後編にあたる本記事では、ビッグデータ活用やライブコマースの事例をはじめとし、中国における人工肉の一般普及に向けた課題と展望を探る。

アリババによる老舗メーカーのインキュベーション

新興マーケットに商機を見出すのはスタートアップだけではない。かつてはターゲットが限定的だったベジタリアン食材メーカーも資金調達を受けられるようになり、老舗メーカーによる参入の動きも活発だ。こうした従来企業のインキュベーションに一役買っているのが、アリババのインキュベートセンターである。

今年5月、老舗メーカーの斉善食品と素莲食品はアリババと提携し、それぞれ傘下の新規ブランドである「膳客传奇」「植的未来」を立ち上げた。既存のコアユーザーは35~55歳の女性であるのに対し、新ブランドはビッグデータをもとに健康志向の若者をターゲットとし、低脂肪・高タンパク質を訴求する。

また大手食肉メーカーの双汇食品は、アリババグループのIPライセンスプラットフォームである「阿里鱼(Alifish)」と提携し、パックマンの限定コラボBOXで人工肉商品を発売。潜在ターゲットである新しいもの好きの若年層の購買傾向や嗜好のデータの裏付けから開発されたという。

アリババインキュベート

取り組みの背景には、爆発的な売上を生み出す新規ブランド創出を目標に掲げるアリババの戦略がある。昨年の云栖大会(Apsara Conference:毎年開催されるアリババのカンファレンス)でCEOの张勇は、データ活用により可視化された「新消費」の1つとして “肉は食べたいが太りたくない”という人工肉のニーズに言及。アリババは、保有するビッグデータに基づきこうしたインサイトを捉えたブランドや商品を開発し、更なる消費促進をもたらすと発表している。

ゆんちー

このような潜在顧客層への精緻なマーケティングは、人工肉の浸透率向上やブランディングに大きく寄与する取り組みと言えるだろう。

人工肉の「网红化」への警鐘

一方、有象無象のスタートアップが乱立するなかで、バズワードとしての人工肉に多額の資金が投入される側面に警鐘を鳴らす声も上がっている。

投機マネーが集まった象徴的な事例として、大手食肉メーカーの「金字火腿」を取り上げる。今年1月初旬、“口紅王子”の愛称で知られる李佳琦(Austin)が淘宝ライブコマースで同社の人工肉ソーセージを紹介すると、金字火腿の時価総額は約20%増の60.7億元(≒910億円)まで急騰。

また5月には、KOLデビューを果たした「スマーティザンテクノロジー(錘子科技)」の創業者である罗永浩が、人工肉のライブコマース予告情報を公表した段階で、時価総額は再び4億元余り増加しストップ高となった。

金字火腿直播

人工肉は消費者に存在を知ってもらい認知を高める(中国語では「种草」)フェーズにあるため、たしかにアーリアダプターに対するアプローチは一定の成功を収めているかもしれない。

しかし、危惧すべき傾向が2つある。一つは、商品クオリティの低さだ。“人工肉”を冠しているものの、従来から存在する「素肉」と呼ばれる大豆加工食品と変わらないクオリティの商品も少なくない。マーケティングばかりが先行し、未成熟な製造技術とサプライチェーンとの間のギャップが垣間見える。

もう一つは、消費者への適切な啓蒙が不足していることだ。本来の目的であるサステナビリティや健康ではなく、物珍しさや未来感を訴求する傾向が強い。そのため現状の消費者は目新しさから安易に飛びつく若者がほとんどで、今後も定着するとは考えにくい。人工肉が金儲けのための客寄せパンダとして利用され、一過性のブームに終わることが懸念される。

人工肉は中国で普及するか?

中国において一般普及のボトルネックとなるのは2つの要素があると考えている。

1つは安全性への不安だ。英語だと「Plant-Based Meat」「Clean Meat」などの環境にやさしいイメージの名称が浸透している。一方中国語では「人造肉」といい、真っ先に天然でない不健康なものが連想され、抵抗感を生む背景の一つと言える。

Ipsosの調査によると、7割以上の消費者が人工肉の製造過程や添加物に不安を感じている。一朝一夕にはいかないだろうが、安定したサプライチェーンと製造過程の透明性を担保し、長期的に消費者への啓蒙活動を行うことが必要だ。

もう1つは製造技術の革新だ。いかに本物の肉に近づけるか――。それは人工肉界隈のプレイヤーにとっての至上命題であるにも関わらず、中国企業は欧米から大きく後れを取っている状況だ。

“以黄豆代肉类,中国人之发明”(大豆を肉の代用品とする、これは中国人の発明である)

中国革命の父、孫文の言葉である。現代の人工肉市場においても、中国が強力な地位を確立していくことはできるのだろうか。それは目先の利益に振り回されることのない、人工肉の本来の必要性に立ち戻った着実な技術革新にかかっている。


為替レート:1元≒15円
参考:
「金字火腿的“炒作人生”」国际金融报、2020年
「人造肉:在好吃之前,先成网红」品玩、2020年
「2020线上植物肉消费人群洞察报告」CBNData、2020年
「人造肉中国趋势洞察2020」Ipsos、2020年


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