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死ぬ事はリハーサルできない。

こんにちは、じゅくしんです。

最近読んでいてすごく面白いなぁと感じているのがこちらの本です。

在宅診療医だった著者が、人がどのような死を迎えるのかについて書いていまして、まずしょっぱなの、はじめにの時点からなかなか面白くて、

「死は一発勝負で、練習もやり直しもできません」

という部分で、当たり前ながら、そうだよなぁと実感しました。

「死」と言うことに関して、医者だからこそ常に身近に感じたり見てきたからこそ言葉に対しての説得力があります。
まだ読み終わっていないのですが、どんどん先が読みたいと感じられる文章です。

私たちはなぜ死ぬことが怖いのか?
自分が死んだらどうなってしまうのだろうか?

と考える事は多いのですが、それは普段、「死」と言うことに対して、あまりにも普段の生活で接することなく、あまりにも未知だから。そして、よくわからないことは怖いというのが人間の本能ですので、仕方ないんですけどね。

医療が進歩し、死が病院の中に隠されるようになって、死は得体の知れない恐怖になりました。それに輪をかけたのが、生の無条件肯定と死の絶対否定です。もちろん、生は肯定すべきでしょうが、無条件にすべてと言えるでしょうか。現場で極度の苦しみに陥った人を実際に見ている私は、必ずしもそうは思えません。苦しんでいる人に、苦しんでいない他人が生を押しつけるのは、傲慢なことではないでしょうか。「生きろ」と言う励ましは、ときに「死ね」と言うより残酷なこともあります
—『人はどう死ぬのか (講談社現代新書)』久坂部羊著

残念ながら人間は100%死ぬので、自分がどのように死ぬのか、もしくは自分の大切な人が死を迎えるときに、どうやってそれに対応していくのか、という意味で、もっと死に対して情報収集していくということが必要なのだと感じます。それは絶対無駄にならないはずです。

「私は朝、目を覚ましたときに、よくこう思います。──昨夜、眠りについたまま死んで、今朝、目が覚めなかったとしたら、死ぬのはぜんぜん平気だな、と。わからないうちに死ねば、死は恐くもなんともない。そう気づいて、死は目が覚めない眠りと同じだと考えるようになりました。」
—『人はどう死ぬのか (講談社現代新書)』久坂部羊著

誰もが眠りに落ちるように、いつか死ぬ。それは当たり前のことで、全然特別なことではないし、自分の身の回りに起きていないだけで、ものすごくありふれている出来事なのだなーという学びを得ることができました。

ぜひ読んでみて下さい!


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