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無いものの存在

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2019年11月28日に右足を切断したことで体験した幻肢痛をきっかけに身体のこと、アートのことを綴る日記「無いものの存在」です。
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記事一覧

[無いものの存在]_44:おわり

[無いものの存在]_44:おわり

この連載を書き始めてから、もう4年以上が経とうとしています。
その間に新型コロナウィルスの感染拡大をはじめ、多くの人が経験を共有するような大きな出来事も起こりました。それらは画面越しの遠い現実ではなく、一人一人の生活に影響を与えたものも多かったのではないでしょうか。この4年という歳月で僕は右足を切断し、義足で歩くようになり、そんな変化を当たり前と感じるようになっていったのでした。
変化のきっかけは

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[無いものの存在]_43:『義足の発芽』⑤ソケットづくり

[無いものの存在]_43:『義足の発芽』⑤ソケットづくり

気が付けば「義足の発芽」を計画してからもう2年ほどが経ちました。
制作を思いたってから様々な方にアドバイスをもらいにいったのだけど、一番難しかったのが、布と和紙を一枚に組み合わせること。これが非常に難しい作業であることが分かったのはちょうど今から2年前、2021年のことでした。
縫製についてはまた専門家に相談する必要があったので、その頃仕事で出会ったファッションデザイナーの方に、布と遺灰入りの和紙

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[無いものの存在]_42:語ることに躓きながら

[無いものの存在]_42:語ることに躓きながら

「義足の発芽」と名づけた本義足制作もやっと終わりが見えてきました。
制作を始めてから色々な人に「もうすぐ完成します!」と言っておきながら、随分と時間がかかってしまったのは何か技術的なトラブルがあったわけではなく、僕が作ることを急がなかっただけのこと。ある方には「義足を完成させたくないのではないか」とも言われてしまいました。
確かに自分が義足を完成させてしまうことをどこかで遠慮していたのかもしれませ

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[無いものの存在]_41:『義足の発芽』④骨と大豆が顔料になる

[無いものの存在]_41:『義足の発芽』④骨と大豆が顔料になる

「切断した右足は火葬して渡せるけど、いる?」
手術前のカンファレンス中の主治医の一言からうっかり始まってしまった遺骨を使った義足づくり。

遺灰を染料として活用できないかと染色に詳しいパートナーへの相談したがきっかけで始まったこの義足づくり。結局自分たちでは分からず、彼女がお世話になっていた染色の専門家に連絡をとってくれたのはもう1年以上前のこと。
無茶な相談に親身になってアドバイスをくれたのが染

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[無いものの存在]_40:それはそれ、これはこれ。

[無いものの存在]_40:それはそれ、これはこれ。

前回のnoteで「わからないことをわからないまま」と書いたけれども、それは果たしてどこまで可能かとぐるぐる考え続けている。いつまでも言葉にはなり切らないことを考えることは、「無いものの存在」そのものだ。でもこの“不確実さ”を“確実”に伝えようとしてしまうことは、鼻から色々な矛盾を抱えていて、ちょうど良い塩梅なんてないんじゃないのか?と感じることもある。

いや、むしろ自分が直面している事態には、ち

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[無いものの存在]_39:わからないことをわからないまま

[無いものの存在]_39:わからないことをわからないまま

車を運転している時、アクセル操作をする左足の邪魔をしないように、義足は左足の内側に置いているのだけど、幻肢はまっすぐブレーキペダルの方向へ伸びている。
義足とは関係なく、それはそれとして平然とした幻肢の時間が流れていて、ふとそんな時間に出会ってしまうことがある。

このnoteを更新するのももう半年近く経ってしまった。
淡々と幻肢を感じながらも、悶々と過ごす日々が続いていた。実は制作を進めていた本

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[無いものの存在]_38:『義足の発芽』③足のアップデート

[無いものの存在]_38:『義足の発芽』③足のアップデート

判定を終えたので、いよいよ本義足の制作が動き出す。
判定では全てが希望通りにはならなかったが、特に足首のパーツについては複数の選択肢を提案してくれた。基本的にはその中から本義足のパーツを選ぶことになる。

まず大きな変更はソケットのタイプだ。ソケットは大きく分けるとシリコンライナーに付いているピンを差し込んで義足と固定するピン式と、ソケットの内側を真空にして義足を固定する吸着式がある。仮義足では断

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[無いものの存在]_37:義足の価値はどこにあるのか?

[無いものの存在]_37:義足の価値はどこにあるのか?

本当だったら他愛もない時間が流れたかもしれない日常の余白が、特にこの数ヶ月はコロナとオリンピックで埋められていってしまったことが心をどんよりさせていた。極力そういう大きな話題から距離を置い過ごしていても避けられるものでもない。これらの話題に対した本当にちょっとした考えの違いが、まるで大きな溝のように出現してしまう瞬間は多くの人も経験したんじゃないだろうか。
自分から遠くにあって全貌が見渡せないよう

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[無いものの存在]_36:『義足の発芽』②骨とバナナと義足

[無いものの存在]_36:『義足の発芽』②骨とバナナと義足

制作からしばらく経ってしまったけれど、実は沖縄に行って遺灰入りの芭蕉紙を作ってきた。
芭蕉紙とは、バナナの木の繊維から作られる紙のことで、同じくバナナの木から作られる芭蕉布という布もある。僕のパートナーに紹介してもらって、現在では貴重な技術を持った芭蕉布の専門家の方を紹介してもらい、遺灰入りの芭蕉紙を作ることが決まったのだ。

芭蕉紙作りの旅はまずは遺灰の準備から始まる。
右足の骨の欠片を取り出し

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[無いものの存在]_35:幻肢性と飛躍

[無いものの存在]_35:幻肢性と飛躍

梅雨入りしたのかと思えばすっかり夏みたいな日もある最近。
徐々に断端の汗の量も増えてきたのを見ると、断端また痩せちゃって本義足のソケットにフィットしなくなるんじゃないか・・・なんてことも頭を過ぎる。今頃はもう本義足を着けて歩き回ってると思ったけど、陸上用の義足の試着、本義足の制作などなど、コロナの影響もあって遅れてしまったことが多い一年だった。とはいえどれも焦ることではないのでのんびり進めている。

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[無いものの存在]_34:キカイダーありがとう

[無いものの存在]_34:キカイダーありがとう

最近は少し寒い日が続くけど、ようやく暖かくなる気配を感じる。
ボロボロになっていく長ズボンから、そろそろ短パンが捌ける季節になってきた。

義足生活も既に1年以上が経ち、生活上の基本的な使いこなしや課題なんかは見えてきた。この間、このnoteのおかげもあって、色々な人と義足や切断について話をしてきた。僕が義足を見せびらかすものだから、周囲の人も話しかけやすくなったんだろう。どんな言葉を使うか、どん

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[無いものの存在]_33:『義足の発芽』①義足を内在化する

[無いものの存在]_33:『義足の発芽』①義足を内在化する

一歩ずつ進んでいる義足づくりについても記録を残しておこうと思います。
以前から義足づくりのことは一連の流れを書き始めようと思っていたのだけれど、どこから書こうか迷っている点もあり、なかなか書き出せなかったのでした。

まず、今回の義足のコンセプトは、義足自体が喜んで歩けるよなものを作りたい、そしてそれを身に着ける僕自身も気持ちよく乗れる義足が作りたいという思いからでした。
僕が雪が積もる地域で暮ら

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[無いものの存在]_32:アートとか医療とかっていうか、美味しい鍋づくりみたいな価値

[無いものの存在]_32:アートとか医療とかっていうか、美味しい鍋づくりみたいな価値

断端が細くなり股やおしりがソケットに擦れて痛い日々が続いていたけれどなんとか12月中にソケットの調整だけ駆け込むことができた。
調整といっても擦れると思われる箇所にパットを貼って隙間を調整するだけ。
調整直後は随分と楽になったように感じたけれど、数日履いているとカバーしきれないところに痛みが残っていることに気がつく。
痛い所があり、対処する…なんて単純明快な作業なんだろうか。

馬鹿にしてるわけで

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[無いものの存在]_31:体が無くなる可能性

[無いものの存在]_31:体が無くなる可能性

切断してから一年が経った。
義足生活も10ヶ月ほどになる。
足があった時のことは過去のこととなり、違う体を手に入れたというインパクトの中であっというまに時間が過ぎて行った。

切断には前向きだと書いてきたが、思えば僕は長いこと「足は無くなる可能性がある」中で生活してきたのだ。
人工関節には感染症や怪我などのリスクがあり、常にその爆弾のような右足を見守らなければいけない。足の長さを左足に揃えるための

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