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理想と現実の狭間の中で【2000字のドラマ】

「あなたとの契約は来月で終了します。」

二人きりの会議室で出向先のA課長から言い渡された言葉が
しばらく私には理解できなかった。

「茫然」という言葉を表現するのであれば、まさにあの状況に当てはまる。

私は6年前、新人派遣社員として、ある会社へエンジニアとして出向した。

事前に自己啓発に努めており、やっと採用をいただいた会社だった。

出勤日初日、私はB先輩を紹介された。
私のトレーナになる人だそうだ。
髪の毛はボサボサで少々天然さが織り交じった雰囲気だった。

B先輩は難しい仕事をこなし、その補佐でさえも新人レベルではこなせないとのことでした。
当時、私は新人で周囲から心配はされていたが、怒られながらも頑張って仕事をしていた。

そんなある日、
疲労がピークに達した状況を見たB先輩は
B先輩の奥さんとその子供と私を連れて、晴れた日曜日に公園に連れて行ってくれた。

近くで奥さんと子供が遊んでいる。
そんな状況で二人きりで話をした。

私「先輩のように技術力もあって、お客さんから信頼されるにはどうしたらいいですか?」

B先輩「人のために仕事はするべき。その時の会社の利益も大事だけど、お客さんの思いを体現させなければそのあとの利益もない。自分の思いに背を向けず立ち向かってほしい。お前はそれができると思う」

私「俺は先輩の右腕として活躍したい。お客さんのために先輩の技術が必要だと考えています。だから今までやってこれたんだと思います!」

B先輩「実はちょっと心配してたんだ。泣
    同じ思いを持っててよかった。」

まさに師弟関係として良好な関係だったと思う。
思いを大切にし、技術をお客様に提供するという意思統一が図れた瞬間だった。

出向して1年が経過したある日、課長から面談の話が来た。

なんなのだろう。いつもと雰囲気が違う。

会議室に2人で入った瞬間に「雰囲気」が「考えたくもない可能性」に変わった。
足踏みが重くなる。その椅子に座ると何かまずい気がする。

椅子に座ると課長が口を開いた。

課長「来月末までで契約更新はない。離任してもらう。」

私はただ茫然としていた。
話が終わり、B先輩に話したところ、課長を会議室へ呼び出した。
自分の上司である課長に激昂している。
その感情を背中で感じた。

私を受け入れたことによる費用対効果がないことが理由でした。

利益は出していたが課長の目標には届いていなかった。
これは私の実力不足だと感じた。

結果、私の離任は覆らず決定となった。
最終出勤日は奇しくも12月24日。

12月24日、二人で帰っていると
最寄りの駅でクリスマスイベント開催されており、立ち寄った。

ホットワインが飲めるそうだ。

ホットワインを飲み、
互いに目があった瞬間に30代半ばの男と20代半ばの男から涙がこぼれる。

私「B先輩、ごめんなさい。」
B先輩「俺の力不足だった。ほんとにごめん。。」

悲しく冷たい気持ちとは裏腹に、ホットワインだけが温かい。
そんな中、周囲の状況を気にせず涙を流した。

そこからある約束をし、別れた。
あれからもう5年は経過する。

その後、私は別の派遣先で実績を上げ、主任として活躍できるようになった。
B先輩との約束はずっと守っている。

先日、お客様との打ち合わせに新人を連れて行った。
重要な会議で他のシステム会社を交えた打ち合わせだそうだ。

会場へ行くと新人を連れたB先輩がいた。
久しぶりの再会。内心喜びが込み上げた。

そんな中、打ち合わせが始まった。
打ち合わせが滞りなく進む。お客様はニコニコしている。

打ち合わせが終了し、お客様の会社の外で互いに新人を紹介した。

新人は私とB先輩が師弟関係だったことに驚いている。

私はB先輩の後輩に聞いた。
私「先輩は厳しいでしょ?(笑)」

するとB先輩の後輩は
「先輩は志(こころざし)を持って、仕事をしていて尊敬しています!」
先輩は照れ臭そうに頭をかく。

私はその話を聞いてクリスマスイベントの時の約束を思い出した。

二人で約束をした
「お客様へ志を持って仕(志)事をすることが正しいことを証明しよう」

私の後輩も話を聞いて
「私に対しても同じこと言ってますよね(笑)」
私も頭をかいた。

社会人として
組織に所属するものとして
コストを削減し、利益を出すのは当然のこと。

だが、その先にあるお客様への感謝・思いを持って仕事をすることは
将来の様々な可能性を広げることになる。

そんな事を思いながら、B先輩と目が合う。
会話せずとも、思いが通った気がした。
「俺たちは間違ってなかった」と。

俺たちの理想と社会の現実。
私はB先輩と交わした約束が間違っていないことを
今後も証明したい。

(終)

#2000字のドラマ

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