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【続・腹黒い11人の女】[まえがき]ファンタジックな旅をしよう。

誰もが忘れられない女の子がいた。
彼女が、この世からいなくなって20年経った今も。

『店長、泣き崩れてた。亡き骸の側に遺書と二人で撮った写真が散らばってて』

『店長、彼女との話、楽しかった思い出話も、この20年、誰とも出来なかったと思う』

『店長、わたしに嫌なことしなかったし、いつも優しくしてくれたけど、冷たいって言うか心や感情が見えない印象があった。でも、当たり前だよね。そりゃ、心、押し殺さなきゃ、店に立てない』

店長は言った。

『いつ死んでもいいって思ってたし、だから暴れる客も怖くなかった。むしろ、誰か殺してくれないかなって、早くさくらちゃんのところに行きたかったから』

彼女の好きだったものは、音楽ならフィッシュマンズ、香水はサンローランのベビードール。口紅はシュウ・ウエムラの紫がかった赤に決めていた。

あの時代の流行の色じゃなかったけれど、だからこそ彼女に似合っていて、ねえ、今、わたしの脳内では、その赤い唇が悪戯に笑って開くのが見えている。

〝あきこちゃん、一緒に旅をしようよ。〟

『一緒に海に行ったりさ、めちゃめちゃ美人で、近寄りがたいぐらいのオーラがあって、でも、仲良くなるとすごい無邪気でさ。女の子から見てもかわいいなって、純粋なんだなって思ったよ』

『うん、純粋だったから、たぶん』

『うん』

海に行こう、山に行こう、もちろん、お酒も飲みに行こう。
来年の春には、あなたのお墓の横にある桜の花も見に行くよ。

あなたのことを、誰もが忘れられなかった。

毎年、咲く、桜。誰もが待ち侘びる春の風物詩。

『お客さんがいない時の待機席、さくらちゃんが座ってたところにわたし、いつも座ってた。ほかの、さくらちゃんを知らない女の子にあの席を座らせたくなかったから』

『不思議でさ。さくらちゃん亡くなった時、わたし、昼の仕事を辞めたばかりで。今ね、あきこちゃんから連絡もらった今もそうなの。ああ、わたし、だから、って。そのために、いるのかなって』

ねえ、さくらちゃん。

皆がいるよ。

この話を書いても良いか、ご遺族に聞いた。
今日、連絡が来た。

『生きていた証として残してもいいんじゃないか』

書いていい、という返事だった。

これは、前述のわたしのnote『ファンタジーは今も生きている人間のために』への店長の感想。

ねえ、店長。

これこそが、生きている、生きていく、人を生かしてくれる、言葉だよ。

さあ、ファンタジックな旅をしよう。時を越え、隔たりを越え、散らばった心を紡ぐ旅に出よう。

人生は続く。あなたと共に。

『本当は、あなたともっと一緒にいたかった』

皆が、そう言っているの。

これはあなたへの旅路。そして、わたし達のファンタジック・ジャーニー。

ねえ、さくらちゃん。ご家族から書いていいって許可をいただいて、わたし、今、嬉しくて泣いてるの。

旅の始まりが涙なら、終わりは必ず笑顔だ。約束する。

この旅路の話は、不定期で更新していきます。
よろしくお願い申し上げます。

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作家/『ILAND identity』プロデューサー。2013年より奄美群島・加計呂麻島に在住。著書に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。Web小説『こうげ帖』、『海の上に浮かぶ森のような島は』。