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原田マハ『<あの絵>のまえで』

この本では、ひろしま美術館、大原美術館、ポーラ美術館、豊田市美術館、東山魁夷館、地中美術館、それぞれの美術館に所蔵されている絵画がキーになりながら、短編が紡がれています。題名にある<あの絵>の前で、何かが沸き上がり、何かが起こるのです。

読み進めながら一番驚いたのが、取り上げられた美術館です。

私はかつて広島に10年ほど住んでいました。市内の中心部に勤務していたので、平和公園やひろしま美術館は職場の近所でした。仕事が終わってそのまま同僚達と「そごう」の地下でお弁当とビールを買ってカープ観戦に行くこともしばしば。街は赤色だらけ。そんな情景を思い出しながら、ひろしま美術館のことも思い出していました。

ひろしま美術館は、いつ訪れても人が少ない印象でした。私にもこの美術館に大好きな絵がありました。その絵の前のソファに腰かけて、いつまでも好きなだけその絵を眺めていることができました。

さて、余談ですが、このようなのんびりした空気が漂う広島の美術館で育った私は、これこそが美術館なんだと思っていましたが、東京に引っ越してきてびっくりしたことがあります。ある時ダリ展に行こうと上野あたりの美術館に向かいましたが、ものすごい人の数で、人間がベルトコンベアで運ばれるように動いていかなくてはならなかったのです。「絵を愛でる」どころではなくて、もう本当にびっくりした思い出があります。あれ以来上野の美術館には行けていません。

さて懐かしい広島の風景と共に、大好きな美術館の一つであったひろしま美術館が出てきて、心が躍るのを抑えられませんでしたし、この短編の最後の数行が粋すぎて心が沸き立ちました。

次に出てきたのが岡山県倉敷市の大原美術館です。わたしは岡山出身で、倉敷には何度も足を運んだこともありました。その頃の自分と多感な高校時代を過ごす物語の主人公たちがオーバーラップしました。何とも言い難い、狂おしいほどの切なさや愛しさを、懐かしさと共に思い出してしまいました。大原美術館にある<あの絵>をヒントに、物事が転換を見せる様は圧巻です。

三作目は箱根のポーラ美術館。こちらも現在の勤務場所という私にとってゆかりの深いお土地にあり、もうびっくりしながら読み進めていきました。

ポーラ美術館の<あの絵>からは、従来のものから新しいものへと転換するとき、つまりゼロをイチにするときのエネルギーが、自分の内側からぞわぞわと湧き上がったような気持ちになりました。このエネルギーを起こすベクトルは、自分の心の機微に気づくことから始まります。一見すると何も変わらぬ日常なのに。変化のヒントは自分の周りで起こるのですね。その変化に気づくか、そして変化をきっかけに行動を起こすことができるか。その小さな奇跡の積み重ねが真の変化をもたらすのでしょう。


その他にも、<あの絵>をめぐって、登場人物の心模様が絡まり合う美しい物語が紡がれています。マハさんの奥行きのある情景描写や人物の感情の機微が見事に言葉に織り込まれています。まるで絵画を愛でるように言葉の海に溺れてマハさんの世界観を堪能しました。

ぜひ出会ってほしい短編集です。

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