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逸脱した欲望への恐怖 【『コンビニ人間』読書メモ】

基本情報

タイトル:『コンビニ人間』
著者:村田沙耶香
出版社:文藝春秋

私は2020年7月に読了した。

以下、ネタバレを含みます。

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感想

恐怖と安堵という相反した読後感を与えてくれる不思議な小説だった。主人公に100%共感する人はあまりいないと思うし、どこか恐怖を感じてしまう部分があるだろう。しかしながら、不文律からの"逸脱"が厳しく取り締まられる社会に生きる我々に、ある種の安堵も与えてくれる。


この本を読んで、以下のような仮説が得られた。

人間は、自分と同じ欲望を持って自分と違う"逸脱した"行動をとる人よりも、自分と違う"逸脱した"欲望を持っている人の方を毛嫌いするのかもしれない。いや、嫌うというよりは避ける、見ないふりをするといった言い方の方が近いだろうか。

たとえば、お金が欲しくて強盗をやってしまった犯罪者がいるとする。"多数派"は犯罪者を嫌いつつも、お金が欲しいという欲望には共感できる。欲望に抗えずに強盗までやってしまったとなってもまだ同情の余地がある。

しかし、「お金はいらない、恋人もいらない、毎朝コンビニの部品となって生涯を過ごすことが一番の幸せ」という女性に出会ったらどうだろうか。

そもそも彼女を駆動する欲望に共感できない。そのため、彼女を理解することをやめ、避けるようになる。または、彼女が苦悩しているとの前提のもと、自分がわかりやすいように理解する。これは理解をやめること、見ないふりをすることと同じだと言える。

「皆、私が苦しんでいるということを前提に話をどんどん進めている。たとえ本当にそうだとしても、皆がいうようなわかりやすい形の苦悩とは限らないのに、誰もそこまで考えようとはしない。そのほうが自分たちにとってわかりやすいからそういうことにしたい、と言われている気がした」(p42~43)
(婚活をしようと友達や友達の旦那に勧められて)「『このままじゃ……あの、今のままじゃだめってことですか?それって、何でですか?』
純粋に聞いているだけなのに、ミホの旦那さんが小さな声で、『やべえ』と呟くのが聞こえた」(p83)


この本のような、社会の「普通」を揺るがしてくれる本は大好きである。さらに言えば、自分や社会の「普通」を揺るがして、新たな視点を獲得させてくれるのが本というメディアの魅力とも言える。

おまけ:この本を読みながら、想起した本たち

・幼少期の描写では、太宰治『人間失格』を想起した。
・白羽の縄文時代の話では、『進化と人間行動』などの進化心理学に関する本を想起した。
・主人公が周りの人々に染まっていく姿は、小坂井敏晶『神の亡霊』の「我々は外部要素の沈殿物に過ぎない」話を想起した。また、岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』の『澤部と僕と』で語られる、澤部=周りから吸収してアウトプットする"無"な存在という相方分析を想起した。





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