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ビスケット缶にしまうもの

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忘れたくないnoteを大好きな缶に。
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#シロクマ文芸部

食器棚の妖精  (#シロクマ文芸部)

食器棚の妖精 (#シロクマ文芸部)

珈琲とコーヒーの印象の違いについて考えながら、何気なく食器棚の扉を開けた。
すると、珈琲カップとコーヒーカップの間に寝そべっている、手のひらに乗るくらい小さいおじさんと目が合った。

「いつからそこにいるの」
「さぁねぇ」
「どうしてそんなにやる気無さそうなの」

おじさんは起き上がった。そして僕に言った。
「お前もどうせ、珈琲なんざ飲まんのだろ」おじさんは冷たい目をしていた。

「飲むよ。スチャ

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そうか、いいんだ。

そうか、いいんだ。

 走らないわけにはいきません。熱が出て、耳鳴りがしても、徹夜明けの彼女は渋谷駅構内を駆けます。走らなくていいと小学校の恩師に廊下で優しく諭された日が走馬灯のように頭を過ぎっても、彼女は止まりません。今日が仕事の納期でした。

 通路の端に見慣れないエレベーターを見つけます。改札行きなら早道だと彼女はボタンを連打しました。扉が閉まるとほとんど床が回っている気がします。扉が開き、彼女はまた駆け出しまし

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ぼんやり日記

ぼんやり日記

愛は犬のかたちをして、ぼんやりと私の記憶にあります。あれがいつだったか、出会った場所がどこだったか、あの犬の名は何だったか。なにひとつはっきり覚えていないけれど、いまさら日記として、エッセイとして書き残しておきます。

私は働きはじめてから東京の目黒区へ越してきました。そのとき、目黒には誰も知り合いがおらず、休日はひとり部屋にいる気にもなれなくて、よく散歩をしたものです。家から近かった目黒通り沿い

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