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創作文芸

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#掌編小説

四倍速のしあわせを

四倍速のしあわせを

夕飯はなにがいいかと尋ねたら、シチューがいいなと返ってきた。彼のいうシチューは具がごろごろと入ったホワイトシチューで、大きなボウルにたっぷりとよそって、それだけを黙々と何杯も食べる。
「ごはんとか、パンとか、いらないの」と聞くと、「だって、シチューって小麦粉だし」と彼はいう。変わらない答えに胸がちくちくと痛んだ。

彼とは、かつて住んでいた部屋のすぐそばのコンビニエンスストアで知り合った。再会した

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春日追想

春日追想

きのうから、くしゃみがとまらない。
ぬぐってもぬぐっても、湧き出るようにあふれてくる鼻水。いったい僕のからだのどこでこんなに作られているというのだろう。
ティッシュをくしゃくしゃと丸めて、鼻を拭っては捨て、拭っては捨て。
鼻先はすっかりさかむけて、まるで日焼けをしたあとみたいにヒリヒリとささくれていた。

「涙と鼻水って、同じ成分でできているんだって」

彼女がそうつぶやいたのは、たしかロンドンで

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