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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」3-1

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第2レース 第10組 青春星夜

第3レース 第1組 School Secret Garden

『ひ~より! お昼食べに行こ?』
 3年に上がったばかりの春先のこと。
 綾が朗らかな笑顔でひよりの席まで来て、さっぱりとした言い方で誘った。
 今日は長い髪を高い位置でツインテールにしている。天然でゆるふわの綾の髪の毛は遊びを利かせられるようで、いつ見ても羨ましい。
『……いいけど、須藤さんたちは……?』
『あー、クラス違っちゃってから行きにくくって。ひよりお弁当でしょ?』
『うん。どこで食べる?』
 綾は周囲を見回してから、悪戯っぽく笑い、ひよりに顔を寄せてきた。
『……なに?』
『内緒にしてたんだけど、アタシ、屋上の鍵持ってるんだよね。屋上で食べない?』
『……え』
 さすがにその提案には驚いたけれど、屋上でお弁当なんて漫画や小説の世界だけの話と思っていたので、その誘いについ引き寄せられるようにこくりと頷きを返してしまった。
 なかなか屋上の入り口まで行くこともないのだが、1年の頃、校舎を見て回っていた時に見かけたことがあった。『立ち入り禁止』のプレートと黄色いプラスチックロープで通れないようにされていた気がする。
 ひよりが頷くと、綾は嬉しそうに笑って、自席にランチバッグを取りに戻っていった。
 俊平の席を見ると、彼はいつの間にかいなくなっていた。
 学食にでも行ったのかな。
 ぼんやり考えながら、ランチバッグを持って立ち上がる。
『おわっ』
 聞き慣れた声が後ろからして、ひよりはカチーンと固まる。
『大丈夫か? しゅんぺー』
『ああ。ちょっとびびっただけ』
 その会話で状況を察知し、慌てて椅子を前に引きながら振り返った。
 いつも後頭部しか見えない彼が、目の前に立っていた。
 片方だけついた松葉杖。ルーズに着こなした深紫色の学ラン。凛々しい顔立ち。小柄なひよりよりも頭1個分高い背。
『ご、ごめんなさい。後ろにいると思わなくて』
『あ、だいじょぶだいじょぶ。オレがとろいのが悪いんだから』
『そうそう。気にしないでね、水谷さん』
 彼の隣にいつもいる生徒会長の細原和斗。
 和斗は頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗、品行方正……という。花丸が山ほどつくような優等生キャラだ。
 眼鏡もよく似合い、柔らかい物腰と爽やかな笑顔が女子の間でも評判。
 気遣うような素振りを見せたのは和斗のほうだった。
 申し訳なくて、ひよりはもう一度ペコリと頭を下げるが、本当に気にしないように、2人はさっさと行ってしまった。
『ひより。お待たせ』
『あ、うん』
『どうかした?』
『ううん。ちょっと、谷川くんたちに椅子ぶつけそうになっちゃって』
『……ああ。一番後ろの席ってそういうの、時々あるよねー』
 綾は特に気にもしないように頷いて、スタスタと廊下に出ていく。ひよりもすぐにそれに続いた。
『山崎先生って、結構抉るよねー』
『え?』
『3限の授業。さすがにそこまで言わなくてもなーってアタシ思っちゃったよ』
『…………』
 俊平の顔がちらついて、ひよりはどう返答すべきか迷ったが、綾はすぐに続けた。
『受験ってのはわかってるし、みんなナーバスになってるんだから、やめろーって感じ』
『あ、そっちか』
『え?』
『ううん、なんでもない。確かにそうだよね』
 『あれはみんなに言ったんじゃなくて……』という言葉は飲み込む。
 階段を昇りながら、綾がため息を吐く。
『……ホント、受験とかやだなー』
『でも、綾ちゃん、内申いいだろうし……』
『主将とか、委員長とかやってるからでしょ、それはぁ。その程度のことやってる高校生は山ほどいるじゃん』
 屋上までの階段のところで一旦綾は周囲を窺う。
 屋上近くの教室は空き教室だ。そこでご飯を食べる子たちもいるが、その程度で人通りは多くない。
『よし。行くよ』
 綾の声で、2人は階段を駆け上がり、通せんぼしている黄色いロープをまたいだ。綾が慣れた手つきで鍵を開け、ドアを押し開ける。ふわりと風が吹いてきて、どこからか飛んできた桜の花びらがひよりの頬を掠めた。
『縁のほう行くと見つかっちゃうから、このへんで食べよ』
 ひよりが屋上に出ると、すぐに綾は屋上のドアを閉めた。
 よく晴れた空が、いつもよりも近くにあるような気がした。
 早めにお昼ご飯を食べてグラウンドや体育館で遊んでいる男子たちの声が、遠くから喧騒となって耳に届く。
 設置されているフェンスは人の背よりも高く、事故を防止するための措置は取られているようだったが、それでも、そこは人に忘れ去られた箱庭のようだった。
『出てみると大したことなかったりするんだけど、アタシ、ここ好きでさぁ』
『……わかる気がするよ』
『そう? よかった』
『でも、なんで、突然わたしに教えてくれる気になったの?』
 ひよりの問いに、綾は誤魔化すように笑った。
『別に。ひよりならいっかなぁって思っただけ』
『……そう?』
『うん』
 あまり詮索されたくないかもしれないので、ひよりはその会話はやめることにした。
 綾が屋上のどこかに隠していたのかレジャーシートを持ってきて広げる。
『準備いいね』
『たまに、これに寝そべって空見たりしてるから。ちょうど、雨除けになる場所があって、そこに隠してるの』
『なるほど』
 ひよりはそーっと縁のほうに近寄ってみた。
 下から見られない程度に背を屈めて地上を眺めると、校庭の隅の八重桜が見えた。
『何か見えた?』
 綾が傍まで来て、ひよりの見ているほうを確認する。
『桜?』
『うん』
『あそこの八重桜綺麗だよね。明日は、あの木の下で食べない?』
『あ、いいね』
 嬉しくなってそう返すと、綾は満足したように頷いてくれた。
 レジャーシートのことを気にするように戻って、スカートを整えてから腰掛ける綾。ひよりも腰掛けて、お弁当を開いた。
『うわ、相変わらず美味しそう』
『昨日、色々試してたら多くなっちゃって。綾ちゃんだって美味しそうじゃない』
『いやー、アタシのはねぇ。見た目がさ』
『そんなことないよ』
『じゃ……卵焼きと唐揚げ、交換してくれる?』
『うん』
『やりぃ♪』
 ひよりの返事に綾は嬉しそうに笑って、卵焼きをひよりのお弁当の蓋に乗せてきた。
 2人で他愛のない会話をしながらお弁当を片付けていると、突然、屋上のドアがガチャガチャと音を立てた。その音に驚いて、静かになる2人。
『ばれた?』
『いや、ドアからここは死角だし』
 ひそひそ話で会話をしながら、様子を見ていると、誰かが屋上に入ってきたようだった。
『ここ入れたのか。不用心だなぁ』
 綺麗な澄んだ女性の声だった。声音からして、教師だ。2人の表情が凍り付く。
 ひよりはバクバクする心臓の音を堪えるように、ゴクリと息を飲みこんだ。
 入ってきた女性はまだこちらには気が付いていないようだった。見える範囲で覗いてみると、スマートフォンをいじっているのが見えた。
 副担任の車道(くるまみち)先生だ。
 物凄い美人で運動神経も抜群なのもあってか、たまに生徒に誘われて、校庭や体育館で遊んでいるのを見かけることがあった。
『もしもし、さやか? 今お昼休み。お弁当ありがとう。美味しかった』
『………………』
『うん。大丈夫。まだ1か月経ってないしねー。でも、顔見に来てくれて嬉しかったよ。仕事は大丈夫そう?』
『………………』
『そっか。よかったよかった。うん。じゃ、またゴールデンウィークに。うん』
 通話が終了したのか、物憂げにスマートフォンを見つめていたが、せっかく屋上に出られたんだしと言わんばかりに大きく伸びをしながら、こちら側に歩いてくるのが見えて、覚悟を決めた。綾も覚悟を決めたらしく、静かに立ち上がり、ひよりを隠すように立ちはだかった。
 綾に気が付いて、車道先生が立ち止まる。
『おや? 先客?』
 彼女は柔和に笑って、特に咎める様子を見せなかった。
『車道先生、こんにちは』
 綾も極力動揺しないように笑顔を返したようだった。
『屋上って、立ち入り禁止の札がついてたから入れないのかと思ってたんだけど、入って大丈夫なのかな?』
 咎める訳でもなく、淡々と車道先生は探りを入れてくる。リアクションに迷ったのか、綾は言葉を濁した。車道先生が綾とひよりを交互に見て、なんとなく状況がわかったというような顔をした。
『ここ良い場所だねぇ。どうやって入ったの?』
『あー……えっと……』
『別に。危ないことしないんなら、言いつけないから』
『え……?』
『慣れない土地なもんだから、息つける場所が欲しかったんだよねぇ。たまに、あたしもここに入れてくれるなら、黙ってるよ』
『ホントですか?』
『んー。まぁ、事故さえ起きなければ。事なかれ主義なんで。で、どうやって入ったの?』
『……一昨年の冬に鍵を拾ったんです』
『ここの?』
『はい。一応返しには行ったんですけど、元々だいぶ前に行方不明になってたみたいで……そこにはスペアの鍵がぶら下がっていたので、返さなくてもいいかなって持ってました』
『なるほど……』
『見逃してくれますか?』
『はは。さっきも言った通り、事なかれ主義なので。2人とも、ここで危険なことしそうな子にも見えないし。大事な時期に馬鹿なことしないでしょ?』
『はい』
 綾の返答に、車道先生はこっくりと頷くと踵を返し、ぐーっと伸びをした。
『呼吸できる場所は必要だよ』
『え?』
 車道先生は顔だけこちらを向いてにっこりと笑んだ。
『……もし、何か聞いてほしいことがあったら、相談に来てね。解決は出来ないかもしれないけど、その手助けなら出来ると思うから。他愛のないことって自分では思ってても、そうじゃないこともあったりするからね』
『あ、はい……』
 2人の顔を見回し、にこちゃんと笑うと、彼女は手をひらひらと振って行ってしまった。
 物音を立てないようにドアを開けて出ていってくれたのがわかる。秘密を共有する、という意思表示だろう。
『びっっっっくりしたぁ』
 綾が少し経ってから胸元を撫でながら吐き出すように言った。
 ひよりはその声で振り返って、心配そうに視線をやる。
『ほんとに大丈夫かなぁ?』
『信じるしかないじゃん。1週間くらいは様子見でここに来るのはやめよっか』
『そう、だね』
『でもま、車道先生、先生たちの中では割とフレンドリーだし、きっと大丈夫かな』
 赴任してすぐに3年クラスの副担任になるだけあって、教師側の評価もそれなりに良いのだろうけれど、このことがばれたら、2人だけでなく、見逃した車道先生にも何かしら皺寄せが行くかもしれないのに、随分反応があっさりとしたもので意外だった。
『さっさと食べて教室戻ろっか』
『あ、うん。そだね』
 水を差されて表情が堅くなってしまった綾を気遣って視線を投げかけたが、綾はその視線には気付かないまま、お弁当のおかずを見つめていた。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)