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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」3-2

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第3レース 第1組 School Secret Garden

第3レース 第2組 別世界の人

『水谷さん、昨日もらったチョコ、すっごい美味しかった!』
 中学1年のバレンタインの日、持ってきていたチョコレートをひょんなことから彼女に渡した。
 きっかけはただそれだけのことだったけれど、その日から瀬能綾はごくたまにひよりの席に遊びに来るようになった。
 サバサバ系の派手めな美人。
 仕切り上手なクラス委員長。
 1年にして既にバスケ部のエース。
 学年の人気者……などなど。
 彼女のことを語り始めると、情報の大洪水。別世界の人だと思っていた。
 いや。
 今でもたぶん、彼女は別世界の人だと、心の中で思ってしまっている自分がいる。

:::::::::::::::::::

『できないと思ってやるとできないよ』
 5日前、図書館で彼が真剣な声で言ってくれた。
 突然、2人きりになってしまって、ド緊張の中、どうにかおかしなことを言わないようにと思考を巡らせていた。
 そんな中、ひよりの煮え切らない言葉が気になったのか、彼が言った言葉。
 だからなんだなと、納得した。
 夕暮れの校庭を走る彼の姿を教室の窓からいつも見下ろしていた。いつだって彼は信じていたのだ。いつだって自身を信じて、できると信じて、信じ続けて走っていた。その姿が、カッコよくないわけがなかった。自分には真似なんてできない。
「ひより先輩、こういうのはどうですかね?」
 ユキが楽しげに声を発して、ノートを差し出してきた。
 我に返って、すぐにユキに笑いかける。
 今日は綾の家に集まって、スイーツのアイデア出しをしているのだった。
 綾の弟の麻樹(あさき)が邪魔にならないように部屋の隅でゲームをしている。
 瀬能家は基本的に平日の昼間は大人がいないので、極力綾が家にいるようにしているらしい。せっかくの夏休みだというのに勿体無い。
 ユキが差し出してきたノートには、ハロウィンらしく、ジャック・オ・ランタンや白いお化けのイラストが描かれていた。
「可愛いね」
「ひより先輩がやりたいのってこういうお菓子ですよね?」
「そう。せっかくだしね」
 ユキが持ってきてくれたお土産のお菓子と麦茶をお盆に乗せて、綾が茶の間に入ってくる。
「アサ、お菓子あるからこっちおいで。そんなに隅で丸まってなくていいよ」
 麻樹の遠慮がちな様子がおかしかったのかそう言って、手招きをしている。
 たぶん、ユキに対して人見知りを発動しているのだろう。ひよりが言うのもなんだが、麻樹はシャイで人見知りをするタイプの男の子なので、あまり構われるのは嫌かなとそっとしておいたのだった。
「たいせつな話し合いって聞いたからじゃまかなと思って」
「麻樹くん、この絵とこの絵、どっちが可愛いと思う?」
 ひよりがユキのノートを手に取って麻樹に見せる。
 興味があったのか、ゲームを置いてするすると膝をすりながらこちらに近づいてきた。
「お姉ちゃんたち、何かやるの?」
「文化祭でお菓子を出すんだよ」
「へぇ……」
 甘いものが大好きらしいので、絵を見比べる目もキラキラと輝いている。
「ぼくはカボチャのほうが好き」
「そっか、ありがとう」
 やっぱり、わかりやすいもののほうが喜ばれるだろうか。
 お菓子をローテーブルの上に置き、全員の前にコップを並べると、綾がひよりの隣に腰掛けた。
「ユキは絵が上手だね」
「か、簡単なイラストなんで……」
 綾の言葉に照れたようにユキが肩をすぼめる。
「クッキーかマフィンがいいと思うんだけど、2人はどう思う?」
「あー、アイシングで模様つける感じにするの?」
「そう。ある程度作り置きしておけるし、そうすれば、当日の人員不足とか心配しなくてよくなると思うんだよね」
「何より、アイシングならいくらでも可愛くデコれますしね」
 ユキが楽しそうに頷いてくれたので、ひよりも微笑んで頷き返す。
 麦茶をひと口飲んでから、冷静に綾が口を開いた。
「アタシは若干戦力外だと思うから、そこは2人に任せようかな。焼くほうメインに回るね」
 麻樹がお土産のお菓子を手に取って包装紙を剥いて食べ始めたので、綾も合わせるようにお菓子に手を出す。
「お菓子作れる人って他に声掛けてる?」
「……あー、今のところ、私たちだけです」
「そうだよねぇ。でも、大人数になったほうが色々噛み合わなくなったりする? ひより、どう思う?」
 こちらの様子を窺うように綾が視線を寄越す。
 ノートに作りたいお菓子の名前をサラサラ書きこんでいるところだったので、数秒遅れてひよりは言葉を返した。
「今のところはそのへんは気にしなくていいと思う。細かい作業できる人が増やせないなら同じことだから」
「そっか、そうだよね」
 あまり力になれないのが気になるのか、綾が少ししょげた表情になった。
「お姉ちゃんが文化祭とかめずらしいよね」
 麻樹がお菓子を食べ終えて麦茶で流し込んでからそんなことを言った。綾が不思議そうに麻樹を見る。
「いっつもバスケのことばっかりだったからめずらしいなって」
「そんなにアタシ、バスケのことばっかりだったかな?」
「そんな気がしただけ」
 麻樹はニコニコ笑顔でそう言うと、綾を困らせそうだなと察したのか、そこで言葉を切り、その後に付け加えた。
「ひよりお姉ちゃんのおかしおいしいから、いろんな人に食べてもらえるといいね」
「ありがとう」
 無邪気な笑顔につられるようにひよりも笑い返す。
 綾がバスケ一途な人であることは、ひよりも同様の認識だ。
 それがどうだろう。インターハイ予選後、彼女はほとんどバスケの話をしなくなったし、バスケ部に顔を出している様子もない。
 綾はなんでも他人優先な優しい子だから、どうしても気になってしまうのだけれど、自身について構われることをあまり好まないところがあるので、踏み込んでいいのかがどうにもわからなかった。
「今回の活動で、同好会にも誰か入ってくれたらいいんだけどね」
「確かに……先輩たちが卒業したら私だけ……」
 ぼんやりとした調子で綾が言い、その言葉を受けて、あまり受け止めたくないであろう現実をユキが口にした。しんみりしそうな空気の中、すぐに表情を切り替える。
「先輩たちにとって楽しい文化祭になるよう、私はなんでもするので! 私は、もう1回ありますから。廃部にならなければ!!」
「ユキにとっても楽しくないと意味ないでしょ」
 すかさずクールに、でも優しい声で突っ込む綾。その言葉を受けて、ユキが身もだえするように歯を食いしばる表情をした。メガネが少しずれたので、直しながらぽそりと吐き出す。
「……ああ、もう、綾先輩、そういうところですよ」
「え、なにが?」
「ひより先輩ならわかってくれますよね?」
 表現する語彙がないと言わんばかりに、こちらに同意を求めてくるユキ。それが面白くてひよりはクスリと笑う。
「綾ちゃんは優しいから」
 その言葉に麻樹もニコニコして頷くが、言われた当の本人は照れくさかったのか、お代わりの麦茶を取りに台所に引っ込んでいってしまった。

:::::::::::::::::::

 廊下にこぼれ落ちたクッキーと包装紙を見下ろして、高校1年の頃の自分が泣いている。
 当時はお下げ髪に地味な眼鏡スタイルで、陰で”地味子”と揶揄されていることもなんとなく知っていた。
 ただ、影が薄いままならそんなことも言われなかったんだろうけれど、ひよりの隣にはいつも綾がいたから、そういう面で目立たないようにすることが難しかった。
 中学の頃からの知り合いはなんとも思わないが、高校で2人を知った子たちは、やっぱり、なんでこの2人が一緒にいるんだろうと、はじめは思うらしい。
 それはそうだ。何もせずとも目立ってしまう、綺麗な容姿に気さくな人柄。抜群の運動神経の持ち主。瀬能綾は別世界の人なのだから。
 こぼれる涙をカーディガンの袖で拭い、眼鏡の位置を直してから、ひよりは落ちたクッキーの残骸を拾おうと中腰になろうとした。
 が、それよりも速く、大きくしっかりした手が床に落ちたクッキーを拾い始めた。その人が近づいてきた拍子に起きた風がひよりの頬にかかる。
『あー、もったいねー』
 少年のあっけらかんとした声で閉じていた視界が拓けた。
 ”藤波陸上部”と書かれたトレーニングウェア。こだわりのありそうなツンツン頭に、がっしりとした背中。
 散らばったものをかき集めて、両手に収めると、彼はゆっくりと立ち上がった。
 背は女子としては長身の綾くらいある。小柄なひよりからしたら大きく感じた。こちらに拾ったものを差し出してくる。
『無事なのもありそうだから』
 そう付け加える。ひよりはそれを受け取り、小さく会釈を返した。
『あ、ありが……』
 涙声になってしまい、声が震えて最後まで言えなかった。
『これ、手作り?』
 少年は明るい調子でそう言い、ひよりが頷き返す前に手元から2、3個砕けてしまっているクッキーを摘まみ上げた。
 床に落ちたものなので止めようとしたが、彼は気にも留めないように1つ頬張る。
 サクサクと軽やかな咀嚼音。
『うめー』
 本当に美味しそうに頬を緩めて笑い、屈託なくそう言った。
『文化祭で、出す予定で……』
『オレ、文化祭当日は予定があるから行けないんだけど、友達に宣伝しとくね』
 白い歯をむき出しにした笑顔に、トクン、と心臓が跳ねた。
『あ、そうだ。えっと……』
 トレーニングウェアのポケットに手を突っ込み、もぞもぞしてからこちらに少年はまた手を差し出してくる。
 ひよりは両手が塞がっているので、どうにもできずに彼を見上げるだけ。
 すると、彼はひよりが肩にかけていたトートバッグにそれを滑り込ませた。
『クッキー美味しかったからそのお礼。ただの飴ちゃんだけど』
『あ、ありが……』
『あっ、やべ! 集合時間過ぎてるんだった! じゃーね!』
 こちらのことなどお構いなしに、彼は手を振ると、慌ただしくひよりの横をすり抜け、廊下を駆けて行ってしまった。
 ひよりの頬を風が吹き抜けていく。
 トクントクン。耳元でそんな音。
 彼が起こした風ではらりと落ちてしまった横髪を耳に掛け直す。
『……お礼、言えなかったな……』

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