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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-7

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第8レース 第6組 音のさざなみ

第8レース 第7組 届かない夢の果て

 震える手でピアノを弾く。
 ああ、大丈夫だ。自分はまだピアノを奏でられる。
 世界を描き出せる。自分にはまだピアノが弾ける。
 よかった。よかった。よかった。
 弾いているうちに涙が込み上げてきた。
 けれど、とある1節に差し掛かった瞬間、拓海の右手は言うことを利かず、音が乱れた。
 見えていた青空がそこで霧散する。
『ッ……ハァッ……ハァッ……。うそよ……うそって言ってよ……!!』
 怒りに任せて、鍵盤をガンと左手で叩く。不協和音が室内に響き渡った。
 隣の部屋の住人が壁をドンと叩いてくる。
 拓海はスカートを左手で握り締め、右手で顔を覆った。

 ――ああ、わたしの夢は終わったのだ。もう……あの空には届かない……。

:::::::::::::::::::

「谷川くん、本当に素直なのね」
 採点しながらぽそっと呟く。その声が聴こえたのか、俊平がしょげた顔をした。
 耳が垂れた大型犬。なんとなく、そんな単語が過ぎって、拓海はくすりと笑う。
 採点結果を渡して、拓海はテーブルに両肘をつき、指を絡めて両手の上にあごを乗せた。
「今回ひっかけ問題をいくつか入れてたんだけど、見事にひっかかってるよ」
「マジすか」
「でもまぁ、ひっかかったってことは、良い線は行ってたってことだから、悪い方にばかり捉えなくていいよ。苦手意識持ちながらも、きちんと夏休み中勉強してた結果」
「……そう言ってもらえるのは、嬉しいすね」
「どうして間違えたのか、きちんと自分の中で理解しておけば、次に活かせるでしょ」
「そうっすね。オレ、そういう考え方でいろんなこと取り組んできたかな?」
 拓海のアドバイスに俊平がこれまでを振り返るように遠い目をした。
 拓海から見ても、彼は猪突猛進タイプに見える。
 きっと、陸上も考えることは二の次で、ひとまず体を動かして答えを出してきたのだろう。
 オーバーワークでの膝の怪我。
 彼の性質上、起きるべくして起きたと言っても間違いではないだろう。
 適切な指導をしてくれる先生がいなくなってしまったのであれば、なおのことだ。
 冷静に分析をしながら、拓海は彼の掛け違ったボタンの直し方を考える。彼は諦めていない。それがすごいと思う。
「じゃ、月曜までに、全部調べてきてね。また採点してあげるから」
「はい。ありがとうございました!」
 拓海が涼しい顔で言うと、俊平は白い歯を見せて笑い、テーブルに手をついて、ペコリと頭を下げてきた。

 2人揃ってお店を出て、駅のところまで俊平がついてくる。
 それもいつものこと。
 さすがに恋人のいた子だけあって、きちんと相手を女性扱いしてくる。
 猪突猛進タイプだけれど、気遣いは繊細で、彼のイメージには合わないくらい、デリカシーのないことを絶対に言ってはこなかった。
「あれー? 谷川じゃーん」
 いつも別れる場所までもう少しというところで、陽気な女子の声がした。
 声につられてそちらを見ると、夏祭りの時に会った、瀬能綾が買い物袋を右手に提げて立っていた。
 スタイルの良い彼女の夏セーラー(きっと男子は気が気じゃないだろう)と生活感あふれる買い物袋はなんだかアンバランスで、拓海はなんとなくしげしげと見つめる。
「おー、瀬能。今帰り?」
「そそ。ひよりの手伝いして、その後、受験勉強してたらこの時間になっちゃってさ~。あれ? 月代さんだ。お久しぶりです!」
「ええ。瀬能さん、だったかしら」
「あ、覚えててくださって嬉しいです。えー、どしたんですか? 2人もばったり会った感じです?」
 チャキチャキJKといった感じの話し振りで2人を見比べて、綾が笑う。
「月代さんに勉強見てもらってて」
「へー。月代さんも先生なんですか?」
 俊平が素直に答えるので、綾も感心したように頷くだけ。
 夏祭りの日、綾の声もだいぶノイズが混ざっていて聞きづらかったものだけれど、舞に相談したことで落ち着いたのか、彼女の声は今とても綺麗だった。誰もいない屋上から見る夕空。そんな印象の声。
「んー、まぁ、似たようなものかな。じゃ、谷川くん、また月曜に」
 拓海は綾からの問いかけへの回答は濁して、2人に手を振り、その場を後にした。
 ふと振り返ると、2人はまだ何か話をしていた。
 人懐っこい大型犬が2頭。そう考えたら、なんだか面白くなって、拓海はまたくすりと笑った。

:::::::::::::::::::

「あ、来た来た。拓海、ここだよ」
 車に戻ったところで、舞から電話が掛かってきた。
 夕飯を一緒に食べようという誘いだったので、行きつけのご飯屋さんまで車を走らせ、店に入ると、舞が人懐っこい笑顔ですぐに拓海に手を振ってきた。
 気付けば、人懐っこい人間に囲まれている。この子もそうだ。そう考えたら、またおかしくなって拓海は笑いをこぼす。笑いながら、席に着くと、怪訝な表情で舞がこちらを見ていた。
「拓海? なに? 明日、槍でも降る?」
「失礼ね」
「だって、いつもつーんとしてる拓海がさー」
「わたしだって、マシンじゃないんだから笑うくらいするでしょ」
「それは知ってるけど」
 つれない返しに、舞が「これだよこれこれ」とでも思ったのか、嬉しそうに笑う。
 すぐにメニューをこちらに渡してくれる。舞は無意識の気配りがカンストしているタイプだ。きっと疲れるだろうな。たまにそう思う。
 拓海はメニューを開いて、捲りながら問いかける。
「で。今日は何?」
「俊平の勉強見てくれてるって?」
「……ええ」
「そっか。ありがと。でも、どういう風の吹き回し?」
「さぁ?」
「さぁって……」
「バンド練習の荷物運び、関係ないのに手伝ってもらった分のお礼もあるにはあるけどね」
「うん。でも、そんなんで、受験勉強見てあげるのは、正直割に合わないでしょ」
「そうね」
「……まぁ、拓海がいいならいいけどさ。助かるし。あ、決まった? すみませーん!」
 拓海の表情だけで察したように、舞はそう言い、手を挙げて店員を呼ぶ。
 疲れそうな気配りスキルをこんなところで発揮しなくたっていいから。
 心の中そんな言葉が過ぎるものの、無自覚な彼女に言っても仕方ないので、拓海はやれやれとため息を吐くだけ。
 舞を甘やかせる遠野清香という人がどれだけ存在として強いかをたまに実感する。
 店員がオーダーを取りに来たので、拓海は指差して伝え、すぐにメニューを閉じた。
「彼の頑張り方を見てると不安になるから」
「俊平?」
「ええ。だから、少しだけ、”こうしたほうがいいよ”って教えてあげてるだけだよ」
「そう。……まぁ、そうだね。俊平の頑張り方は、なんというか、若いからなぁ」
「高校3年生なんてあんなものでしょ」
「あはは。あたしは怠け者だったから、効率性重視だったんだよね。だから、わからない」
「……やればやるだけ伸びる時期ってあるから」
「拓海?」
「だから、ついそのやり方が正しいって勘違いをしてしまうんだよ」
 ポツリとこぼし、店員が置いていった水をクイと飲んだ。
 舞が生姜焼きを口に運びながら、うーんと唸る。
「正しいやり方なんてきっと存在しないでしょ」
「…………。そうね」
「自分が上手く行ったからって、他の人が上手く行くとは限らないし、自分に合わなかったからって、それがはずれなわけでもない。だから、難しいんだよねぇ」
「本当にそのとおりね」
「拓海、俊平のことを気に掛けてくれるのは嬉しいけど、俊平には俊平のやり方があるだろうから。それは忘れないでね?」
「もちろん、そんなのはわかってる」
 舞が釘を刺すように言ってくる。拓海はこくりと頷くだけ。
「そういえば、夏祭りの時に悩んでた瀬能さんの問題は解決したの?」
「んー。まだ揉めてはいるんだけど」
「あ、そうなんだ」
 その割には、綾の声は穏やかだった。
「とりあえず、やることはやっときなさいって伝えてあるから。糸のない凧みたいになってたから、それで少し安定したんじゃないかな」
 綾はとても優しい気質のようだから、他人に対して、悪い感情を向けるのが向いていないのかもしれない。
 それを考えなくて済む環境になったということだろうか。
「やりたいことがあるってそれだけで恵まれてるのにね」
 拓海は思い返すように目を細めて、静かに言った。
 そこに頼んでいたキンメダイの煮つけ定食がやってくる。
 会釈をして、店員が置いてくれるのを見送り、両手を合わせた。
「調べてみたけど、プロバスケの選手って、思ったよりはお金もらえてたよ」
「そうなんだ?」
「うん。だから、たぶん、説得できるんじゃないかなぁ。同じ額もらえるなら、大変でも好きなことのほうが絶対良いもんね」
「……うん。それは、心から思うよ」
 拓海の実感のこもった声に、舞は白い歯を見せて笑う。
「実感こもりすぎ」
 拓海に見透かされていたことを知ってから、舞は素直に話してくれるようになった。
 あの賢吾が連れてきた子だ。そういう意図があったっておかしなことなんてなかった。
「拓海はさ」
「んー?」
「今、どういう形の夢を描いて活動してるの?」
 少し言葉を選びながら、舞が言う。
 夢……?
 拓海はその言葉に目を細めるだけ。
「わからないな」
「わからないのかぁ」
「……でも、もう一度、”青空”が見たいんだよ」
「青空?」
「音楽の神様が、わたしにだけ見せてくれていた青空」
 拓海はポツリと答え、あとは何も言わずに、箸を握った。

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第8レース 第8組 夏の香りが消える前に

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