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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-6

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第8レース 第5組 夏の終わりの小夜曲

第8レース 第6組 音のさざなみ

 休み明けの模試が終わった。
 いつも一夜漬けなどの詰め込みでお茶を濁していたから、どうしても勉強方法が安定せず、全体的にはバランスの悪い結果になりそうだ。
 面倒を見てもらった人たちに申し訳ない。
 やっぱり、夏休みの間も1回くらい模試を受けておくべきだったろうか。
 俊平は眉間に皺を寄せて、はーとため息を吐く。
 すぐに和斗が来て、そんな俊平の頭を薄い参考書で小突いてきた。
「辛気臭い顔してんな」
 苦笑交じりにそんな声。俊平はすぐ和斗を見上げて口を開く。
「カズは余裕そうじゃん」
「そりゃ、おれは高校入った時から志望大学決まってたからな」
「そう、だよな……」
「試験は要領だよ。おれが見てやってる時は結構解けてるじゃん。しゅんぺ、分かんない問題深追いしたりしてない?」
「した」
「どんまい」
 はっきりとした俊平からの回答に、ただ失笑して、ポンポンと肩を叩いてくる和斗。
「あー、でも、数学は7割取れたかも」
「お?」
「夏休み中、ひたすら解いてたからかなぁ」
「……まぁ、数学が解きやすいなら、このまま武器にできるようにがんばって、他は程々取れるくらいでいんじゃないか?」
「1教科じゃちょっと不安だから頑張るよ」
「なんかあったら、相談してくれよ」
 当たり前のように和斗が言い、眼鏡の位置を直して笑う。
 いくらコツコツやってきていたと言っても、同じ受験生な訳だから、いつまでもおんぶにだっこという訳にもいくまいに。
「あ、俊平! いたいた」
 2人が話していると、教室の前の戸が勢いよく開いて、舞先生がすぐにこちらを見つけて声を張った。
 和斗と顔を見合わせて、首を傾げてからすぐに立ち上がり、舞先生のところまで歩いてゆく。
 ちょいちょいと手招きされるまま廊下に出る。
「夏休み中に、和斗に大学資料預けたじゃん? あれ読んだ?」
「目は通しましたけど……」
「推薦枠、一応まだ空けておいてもらってるけど、どうする?」
 自分が行きたいと思っている陸上の強い大学とは少し違っていたので、俊平は気乗りしないまま、勉強机の上に放置してしまったことを思い出す。
「推薦受験の対策もしながら、一般もはオレには荷が重いです」
「まぁ、俊平ならそう言うと思ったけど」
 俊平の回答に舞先生は切れ長の目をすっと細めて苦笑を漏らした。
「受けられるなら数撃っといたほうが、と思うけど、受験料も現地行くのも、お金馬鹿にならないしね」
 理解を示すようにそう続け、俊平の肩をポンポンと叩いてくる。
「拓海にも勉強教えてもらってるみたいだし、きみの頑張りを信じるとするか」
「……全部筒抜けすか」
「え? いや。拓海は特に何も。この前会ったら、ずっと英語の過去問と格闘してたからそうなのかなって。あ……」
 そこまで言った後、舞先生は不味ったと思ったのか、口元を細い指先で覆った。俊平は舞先生の言葉が意外で目を丸くする。
「聞かなかったことにして」
「……それは無理では」
「あたしとしたことが」
 そっと額に指先をやり、そう言うと、誤魔化すように舞先生が笑った。

:::::::::::::::::::

 リハビリの帰り、奈緒子と別れて、今日も拓海との約束のカフェでテーブルを確保し、レモンスカッシュを飲みながら待つ。
 舞先生から受験対策で渡された現代文のプリントを眺めて辟易していると、拓海が店に入ってきた。
 洋風の扇子で顔を仰ぎながら、席までやってきて持っていたバッグを椅子に下ろす。
 今日もお姉さん然とした綺麗な装いと涼しげな表情。
「っす」
「遅れてごめん。飲み物買ってくるね」
 一応といった形でそう言って、財布を片手にレジに歩いてゆく拓海。
 俊平のスマートフォンがポコンと鳴ったので、すぐに取り出して確認した。

ナオコ【月代さん、来ました?】
俊平【うん。今来た】
ナオコ【明日練習日なので忘れないでくださいってお伝えください!】
俊平【本人に言ったらいいのに】
ナオコ【月代さん、全然連絡見てくれてないので!】

 わんこがアセアセしているスタンプと、うるうるしているスタンプが連続で送られてきて、俊平はぷっと吹き出した。
 この勉強会も、この時間にこの場所で、というのが決まってからは確かに2人とも連絡アプリでの連絡はそんなに取っていなかった。
 慣れているように見えたけれど、拓海も筆不精なのだろうか。
「楽しそうね」
 俊平がスマートフォンを見ながら肩を震わせていると、アイスティーを買って戻ってきた拓海が怪訝な眼差しでこちらを見ていた。
「ナオコちゃんから”連絡見てくださいって伝えて”って」
「連絡……? あー、しまった。また放置してたか」
「月代さん、筆不精ですか?」
 人のことは言えないけれど。
「必要な用事はアラームセットしてて。未読件数だけですごい数になってるから、誰かから何か連絡来ても、増えたのか全然わからない時がある」
 めんどくさそうにそう言い、はぁとため息を漏らす拓海。
 俊平は納得したように頷き、眺めていた現代文のプリントをバッグにしまった。
「模試、どうだった?」
 問いかけてすぐに彼女がストローに口をつける。
 俊平は首の後ろを指先で掻いて、なんとも言えない表情で首を傾げてみせた。
「英語は対策始めたばっかりだし、仕方ないね」
 怒られるかと思ったが、拓海は特に気にする風でもなくそう言い、カップをテーブルに置いた。
「本番を意識した解き方みたいなの、意識してかないとなぁって思いました」
「得るものがあったならよかったんじゃない?」
「コツコツやるの、陸上ならできるのに、なんで勉強ではやらなかったかなぁって、6月くらいからずっと猛省してますね。この前月代さんに言われたとおりで、練習と一緒なようなもんなのに」
 反省するような声に反応してか、拓海の手が俊平の額の前まで来た。
 意図が分からずにその指を見つめていると、人差し指でピシッと額を弾かれた。
 少し痛くて、俊平は両手で額を覆う。
「大げさ」
「いやいや、痛かったです」
 俊平の反応に拓海が少し楽し気に笑い、大仰にリアクションを取った俊平も冗談交じりにそう返した。
「”なんでやらなかったかなぁ”って考えてる間に、単語3つ覚えて。今のきみに必要なのはそっち」
「……へぇい」
 舞先生がうっかり口を滑らせるものだから、どういう顔で接したらいいのか正直迷子になる。
 けれど、彼女は涼しい顔で何もなかったようにしているので、知らないふりをするのが最良だろう。
 拓海が問題用紙のプリントをこちらに差し出してきたので、それを受け取り、解き始める。
「あ、やっぱり、先生だ」
 帰り支度をして席を立ったスーツ姿のおじさんが、嬉しそうに彼女に声を掛けてきた。
「後藤さん、こんばんわ。来週のレッスン忘れないでくださいね?」
 いつもの周囲に興味なさそうな彼女とは思えないほど、明朗で少し媚びたような声の調子に俊平は驚いた。
 さすがに顔は上げられないので、問題を解きながら、聞き耳だけ立てる。
 そういえば、ステージに立っている時もこういう話し方だったし、演奏会で話してくれた時もこのトーンだった。
 おじさんは嬉しそうに拓海と言葉を交わし、そんなに長くならない程度に世間話をしてから去っていった。
 俊平はようやくそこで顔を上げる。拓海がめんどくさそうにはぁとため息を吐いた瞬間が見えた。
「ハハ」
「? どうかした?」
「いえ、月代さん、オンオフの切り替え激しいタイプかなって」
「…………。ああいう対応のほうが、あの手の人たちは喜ぶでしょ?」
 俊平の言葉を煩わし気に受け取って、拓海は長い睫毛を伏せ、横髪を耳に掛けた。
 その言葉の冷たさに、俊平は少し驚いて目をパチクリさせる。
 この人が自分のことをあまり意識していないのは知っているし、だからこそ、こちらも年上のお姉さん! みたいな感じではなく、気兼ねせずに話を出来るのだけれど、それでも、取り繕わないその言葉には結構な破壊力があった。
 拓海が肘を抱え込むように腕を組んで、そんな俊平を見返してくる。
「わたし、音楽しか興味ないって前話したじゃない?」
「あ、はい」
「でも、好きなことをするにもプロじゃないから、生計を立てるための仕事はしなくちゃいけないし、自分の作り上げたものを見てもらうにもそれなりの準備がいる」
「…………」
「わたしの容姿はそういう面では武器になるから。トータルコーディネートしてるだけ」
 冴え冴えと客観的な意見を述べるように話し、拓海はカップを持って、ストローに口を付けた。
 たぶん、今の発言は嫌な人は嫌だろうと思うけれど、俊平はその言葉にグッと息を飲んだ。
「なんだろな」
「どうしたの?」
「オレは、内側に入れてもらえてるってことなんすかね?」
「……なんでそうなるの?」
 俊平の言葉に、拓海は少し戸惑ったのか、パチパチと瞬きをした。
 舞先生と一緒にいる時まで、彼女はトータルコーディネートをしない。
 その姿を見てしまっている人間にまで、気を遣わないだけのこと。彼女はそう言いたいのだろう。
 でも、それではなおのこと。
 音楽にしか興味のないこの人が、なぜわざわざ時間を割いてまで、自分の勉強を見てくれているのかがわからない。
 俊平が彼女の問いに答えようと口を開きかけると、彼女はすっと腕時計を指差して、その言葉を止めた。
「無駄話はおしまい。時間迫ってるから解いてね」
「えーーーーー。今の時間はノーカンでお願いしますよー」
 俊平が懇願するように目を潤ませると、拓海はおかしそうに笑いながら、「ダーメ」と言った。

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