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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」2-8

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第2レース 第7組 Piece for blank

第2レース 第8組 在りし日の星空

すべてを失ったあの日。
外つ国で見た夜空――深い深い群青の空と白い輝きを放つフルムーン。キラキラとさまざまな彩(いろ)に輝く星たち――は、絶望の中でも、いつもどおり美しかった。
自分が何を失っても、何が変わってしまっても、世界はいつもどおり美しくて、何も変わらない。
その残酷さに、ただ、背を向けることしか、その時の彼女にはできなかった。
あの少女が奏でた音色は、あの日見た星空に似ている気がする。

:::::::::::::::::::

「月代さんって、普段は何をされてる方なんですか?」
「ノーコメントで」
 メグミからの問いを涼しい笑顔でかわし、拓海はハンドルを握り直す。
 奈緒子を見かけてつい声を掛けてしまったが、友人2名もついてくると言うとは思わなかった。とはいえ、仲のいい友達が得体のしれない女に誘われているのを見たらそうもなるか。やれやれとため息ひとつ。数日前彼女と出会ってから、どうも自身の行動に異変が生じている。
 赤信号で停まり、横目で助手席に座っている奈緒子を見るが、彼女は特に何も言わずに静かに足元を見つめているだけ。
「藤さん、アンサンブルの曲は何を弾くか決まった?」
「え? ……あ、まだです」
「楽器編成はピアノと何?」
「ヴァイオリンでーす」
「……ホルンです」
 邪魔するように(本人には勿論そのつもりはない)メグミが小さく手を挙げて声を発したので、つられるように控えめな声で千宙が続いた。
 彼女たちが楽曲決めで難航している理由――ホルン編成楽曲の三重奏は多くない――がわかって、拓海は内心納得する。
「アレンジ譜面を探すので難航してる感じかな」
「そうです」
 固い声で奈緒子が頷く。
 青信号に変わったので、拓海はゆっくりとアクセルを踏んだ。
「……編曲してあげようか?」
 なんとなく口をついて出た言葉に自分でも驚いた。
 奈緒子からは特に反応がなく、後部座席から覗き込むようにこちらを見ているメグミが口を開いたのが、ミラー越しに見えた。
「月代さんってそういうのもできちゃうんですか?」
「……音楽は全般学んでいるから。楽器編成に合わせた編曲くらいなら、聖へレスの先生たちでもできるでしょう?」
「そうですねー。出来るのは知ってるんですけどー」
「頼りたくないんだ?」
「まぁ……色々ありまして。一応、質問はしたんですけど、期待できそうになかったので」
「2人とも、ソロで参加しなさいって言われてるのに蹴ったんです」
「ああ、なるほど」
 千宙からの補足で納得して拓海は苦笑を返す。
 音楽の道を閉ざされて脱落していく者は珍しくないが、それはその世界に長く携わっている者の傲慢な見解でしかない。少なくとも、奈緒子とメグミに関しては、将来有望であるという判断を下しているのだろう。けれど、彼女たちにとっては、今年の夏も秋も一度きりだ。
「ホルンの……えーと、名前は?」
「江川千宙です」
「江川さんは、別の学校に行っても音楽は続けるの?」
「あー、幸い私は金管だから、それもいいですよね。甲子園スタンドを目指しちゃうのもありかもしれない」
 茶化すように笑って言うが、彼女がその選択をするまでの苦しい道のりを想像すると、目を細めざるを得ない。
「一度断られているから無理なのは承知だけれど」
 拓海は静かに口を開く。後部座席の2人が自分を見つめているのがミラーに写る。奈緒子は何も言わずに足元を見つめているだけ。
「定期演奏会の参加はやめて、わたしと一緒にやらない? 3人とも」

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「ここのスペースを空けて、スピーカーはこの辺に置くといいかと思うんですが」
 カフェの店主の説明を受け、それなりに広い店内を見回す。
「そうですね。普段もそういう感じでやってらっしゃるんですか?」
「そうです。老人会の方とか、趣味でやられている方を中心に」
「なるほど。音の確認は当日行って、楽器やスピーカーの配置を決めようと思います」
 30人ほど入れるキャパシティーのようだが、機材スペースなどを考えると20人が限界か。極力スペースを削ぐのであれば、相方はキーボードではないほうがいいかもしれない。アコースティックギターにしてスピーカーなしで行くのもありか。日程が空いている知り合いがいるか確認しないと。タブレットのメモ機能を利用して、気になった箇所や店内の様子を打ち込んでいく。
「なかなか若い方がここを使いたいって言うことがないから、大丈夫か心配なんですが」
「わたしのお客さん、激しいノリの方たちはいないので問題ないと思います」
「ならよかった。月代さんの曲、お電話いただいてから、ネットでいくつか聴いてみたんですけど素敵でした。知り合いにも宣伝しておきますね」
「ありがとうございます」
 社交辞令を交えた打ち合わせを終えて踵を返すと、テラス席で中学生3人が楽しそうに雑談をしているのが見えた。
「喉が渇いたので、アイスティー頂いてもいいですか?」
「はい。すぐお持ちしますね」
 拓海の言葉を嬉しそうに受け、バックヤードに下がってゆく店主。
 拓海はタブレットにポチポチと入力をし、頭の中でまとまったことを出力しきってから、テラス席に向かった。
 なぜか、車内での拓海の申し出に対して、奈緒子よりも早く、メグミと千宙が待ってましたとばかりに「やりたいです!」と言ってきた。
 彼女たちにとって定期演奏会は大切な催しなのかと思っていたが、思い出作りの場所がありさえすればよかったのだろうか。
「もう、奈緒子ってこういうとこ頑固だよね」
 メグミの声が聴こえてくる。千宙が笑いながらそれをたしなめているようだ。
「頑固とかそういう問題じゃなくて」
 奈緒子がメグミの言葉に言い返すように唇を尖らせているのが見えた。
 今席に戻るのはタイミングとしては不適当だろうか。少々悩ましく思い、立ち止まって3人の様子を見守る。
「チヒロにとっては、これが最後の定期演奏会なんだよ?」
 その言葉に2人が黙る。メグミは発言する立場にないのが分かったのか、さすがに空気を読んで千宙の様子を窺っている。奈緒子はポケットからハンカチを取り出して、目元を拭う。
「3人でやれればなんだっていいわけじゃない」
「……奈緒子は真面目だからなぁ」
 千宙の穏やかな声。
 店主が拓海の隣に来て様子を窺うように見下ろしてきたので、近くのテーブルにアイスティーを静かに置いてもらい、腰かけた。
「奈緒子、わたしがなんでアンサンブルで出ようよって言ったかわかる?」
「え、それは……3人で聖へレスでの思い出作りをするため、でしょう?」
「半分は当たりだね」
「半分?」
 千宙の言葉の意味が分からないように、奈緒子が丸い大きな目をぱちくりさせている。
 千宙の表情は拓海の位置からでは見えない。メグミが千宙を心配するように見たが、彼女はそれを気にも留めないように続ける。
「わたしがアンサンブルで出ようよって言ったのは、奈緒子に、ちゃんとピアノを弾いてほしかったからだよ」
「……え?」
「昨年の定期演奏会の後からずっと、奈緒子が苦しんでたのは知ってる」
 千宙の言葉に、奈緒子がぐっと感情を飲み込むように肩を小さく上下させた。
「だから、何もなかったら、奈緒子は今年の定期演奏会には参加しないんだろうなって思ってた。……怪我のこともあるし、さ」
「ずっと、チヒロは奈緒子のこと、心配してたんだよ」
 メグミが堪えきれないように告げる。
「でも、わたしは、2人と一緒に高校には上がれないから、だから、最後に奈緒子のピアノを聴きたかったの」
 涙声になりながら、千宙はそう言い、親指で目元を拭う動作をした。
「奈緒子のピアノの音は星空みたいにキラキラしてるから、あの音をまた聴きたかった」
「……だから、私とちひろは定期演奏会にはこだわってないんだよ。口実が欲しかっただけ」
「でも」
「何より、奈緒子」
 奈緒子が2人に言い返そうとするのを千宙が明るい声で遮る。
「わたしもメグも嬉しかったんだよ、金曜」
「嬉しかった?」
 奈緒子の不思議そうな表情に、メグミと千宙は互いを見合って笑い、メグミが口を開く。
「久々だったじゃん。奈緒子があんなに楽しそうに音楽の話をしてくれるの」
「そのお姉さんだったら、奈緒子の不調も取り除いてくれるのかもなって思ったよ」
「だからさ、私たちは全然ウェルカムなわけ。絶対、藤波の後夜祭のほうが楽しそうだしさぁ。頑張って弾いたのに厳しい寸評つけられる定演よりよっぽど良いじゃん」
「メグ、わたしはそこまで思ってないからね」
「えー、ここで裏切るの?」
「いやいや、おかしいおかしい」
「もーう、2人とも……」
 2人のやり取りにようやく奈緒子が笑う。
 拓海はアイスティーをひと口含んでから、ゆっくりと立ち上がり、3人のテーブルまで歩いていき、声を掛けた。
「飲み物飲み終わったらぼちぼち帰るよ?」
「あ、終わったんですか? わかりましたー」
 メグミが軽快な調子で返事をし、奈緒子を肘で小突く。
 少し迷うように手元のレモンスカッシュを見つめていたが、小突かれたことで奈緒子が拓海を見上げてくる。
「……月代さん」
「はい」
「一度断っておいてあれなのですが」
「ええ」
「その、やってみたい、です」
「うん。とっても嬉しい!」
 奈緒子の消え入るような声に対して、拓海は珍しくきちんと心から笑ってそう返した。
「キーボードだと感触が軽くて藤さんには合わないと思うから、ピアノをセットしてもらえないか、舞に聞いてみるね」
「え、でも」
「たぶん、みんな、心配してくれてたろうけど、藤波でバンドやりたいって言ってくれていた子たちって、チェロとドラムなの。ホルンとヴァイオリンが加わるなら、ピアノのほうが生音で贅沢な感じに仕上げられると思うし」
「チェロとドラムじゃ、相談されますよね」
「ふふふっ、そうなの。もう、どうしようかなぁってずっと考えてたんだけど、思わぬ収穫だわー」
 音楽のことになると浮かれてしまうダメな大人なので、本音が駄々洩れる。
 その様子に、3人ともこれまでの優雅でミステリアスなイメージが崩れたのか、目をぱちくりさせてこちらを見ていた。

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