見出し画像

連載小説「STAR LIGHT DASH!!」2-7

インデックスページ
連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

PREV STORY
第2レース 第6組 かつて友であった魔物

第2レース 第7組 Piece for blank

 小学校入学当初、千宙・メグミとは同じクラスだった。
 『ピアノ、すごかった子だ』
 居心地悪く席に座って黒板を見つめていると、左隣の席に腰掛けた女の子が思い出したようにそう言って話しかけてきた。それがメグミだった。
 知った顔もいない小学校生活1日目。物怖じしないメグミが奈緒子と千宙にサクサク話しかけてくれたおかげで、すぐに友達ができた。
 人懐っこいようで内弁慶の機雷がある奈緒子なので、あの時、メグミがすぐに話しかけてくれたことを今でも感謝している。
 メグミは奈緒子と同じ小学校受験組で、千宙は幼稚園からの持ち上がり組だった。
 後に千宙はのほほんとこう語る。
『単に、幼稚園が近所で楽だったから通わされただけだったんだよねぇ』
 けれど、奈緒子は知っている。千宙は音楽を愛している人だ。

:::::::::::::::::::

 昨年の定期演奏会。
 奈緒子は自分の演奏の出来に非常に満足していた。
 音符たちが教えてくれるその曲の世界。光。なぞるように。音符たちと戯れるように弾いた。楽しい時間だった。
 メグミや千宙も、演奏終了後、とてもいい演奏だったと笑顔で誉めてくれた。
 けれど、彼女の演奏に対して、教師たちは難色を示した。
『曲の解釈が浅い』
『アレンジが効きすぎている。作曲者の意図通りの世界ではない』
 要約するとそのような寸評をつけられた気がする。
 色々教師たちから細かい小言を言われたのだが、その内容は全く頭に入ってこなかった。
 一応、頂いた指摘を受け入れようと譜面をさらい直した。何度も繰り返し、鍵盤をイメージして、頭の中に入っている譜面をなぞる。意図通りとはなんだろう。音符たちは、そのように弾かれたがってはいなかったのに。彼女が、入院中運指練習に使っていたのはその時の曲だ。
 段々気が滅入ってきて、ピアノのレッスンに行きたくない日が増えてきた。あの交通事故は、そんな最中に起きた。
 しばらく弾かなくて済む。そう思い、ほっとする自分。
 顔や腕の外傷がそれなりに目立たなくなってから、メグミと千宙がたまに顔を見せるようになった。今日こんなことがあった。この前あんなことがあった。些細な出来事を来る度に報告してくれる。察したように、音楽の話はその中には含まれなかった。

:::::::::::::::::::

 苦しいのに、なぜ弾こうとするのだろう。
 自分が一番不思議だ。
 だけど、この練習を止めたら、もう自分はピアノの前には戻れない気がする。そんな焦り。そう。たぶん、これは焦りだ。
『焦っちゃダメなのはわかってんだけどさぁ』
 俊平の言葉に奈緒子はハッとする。
 奈緒子の病室を教えてから、俊平はよく顔を見せるようになった。
『焦るなって言うほうが無理じゃね? こちとら、毎日のように走ってたんだぞーって感じ』
 一昨日の夜見てしまったことは何も話さずに、俊平のふざけたような口調に頷きだけ返す奈緒子。
『目下の目標だったインターハイ予選には出られませんって言われて、それでニコニコしてられたら、そんなんメンタル鋼すぎんだろ』
 大きくため息を吐いて、髪の毛をぐしゃぐしゃ掻き混ぜている。さすがに、ずっと病院でじっとしていることが苦痛なようだ。非常にアクティブな人のようなので、その気持ちはわからなくもない。
 とはいえ、彼がこんなにもグチグチ言っているのには理由がある。リハビリトレーニングでジムの施設を見ているうちに、いつものトレーニングをやりたくなり、こっそりやろうとしたのだそうだ。そして、理学療法士さんに怒られ、今に至る。
 ああ、松田さんが言っていた意味をようやく理解した。心の中で呟く奈緒子。
『ちょっとくらいいいじゃん。ケチ』
 いじけるようにそう言って、またもやため息。あまりに子どものような反応だったので、奈緒子はクスリと笑いをこぼした。俊平が不思議そうにこちらを見る。
『オレ、なんかおかしいこと言った?』
『あ、いえ。俊平さんは、前しか見ないんだなぁって思っただけです』
 自分はまだ言われたことを気にして、ずっとあの譜面をなぞり続けているというのに。
『……別のヤツにも昔似たようなこと言われたな』
 思い返すように目を細める俊平。すぐに白い歯を見せて笑う。
『なんかさ、時間がもったいなくて』
『もったいない?』
『後悔とか、自省とか……そういうのに時間取られるの、まじで時間の無駄だなって思っちゃうタイプなんだよねぇ』
『なるほど……』
『オレが行きたい道は決まってるから。最短距離は無理でも、オレが目指していく場所は1個しかないし』
 真っ直ぐな眼差しで言い切る目の前の人が、すごくかっこよく見えた。
 窓の外を真っ直ぐ見つめてそう言っていたが、その眼差しが急にこちらを向いたので、心臓がドキリと跳ねる。
『ナオコちゃんだって、そうじゃないの?』
『え、わ、私は』
 下ろした髪を落ち着かないように手ですかし、言いよどむ。自分は、そんなに揺らがないものを持っていないなぁ。そんなことは言えなかった。
 ドキドキと胸が鳴る。ナンダコレ。
『奈ー緒子! 来たよー』
 明るい声。メグミが千宙を連れて病室に入ってきた。顔なじみの同室メンバーに手を振りながら、こちらに歩いてくる。
『お友達、かな? じゃ、オレは今日はこのへんで』
『あ、あの……』
『ん?』
 一昨日聴いた彼の声が心の中を掠める。ずっと渦巻いている感情はきっとあるのに。この人はそれをおくびにも出さない。
『私も、俊平さんみたいになれるよう、頑張ります』
『……え?』
 言われた意味が分からないように、俊平は奈緒子を見たが、メグミと千宙が奈緒子のベッドまでやってきたので、ゆっくりと立ち上がり、松葉杖を手に取った。
『んじゃ、また』
 2人に視線を向け、小さく会釈だけすると、松葉杖を器用に操り、颯爽と病室を出て行ってしまった。
 メグミも千宙も、知らないお兄さんが、奈緒子のところにいたので、少し驚いたように彼の背中を見送っていた。
『え、誰? 今の』
 俊平の姿が見えなくなってすぐ、メグミはベッド脇に来て小声で尋ねてくる。
 千宙も逆側のベッド脇に来ると、奈緒子の目の前にお菓子の袋を差し出してきた。
『多めに買ってきたから、あのお兄さんも一緒でもよかったのになぁ。で、誰?』
 2人に両脇から食いつかれて、奈緒子はたじろぎながら答える。
『この前入院してきた俊平さん』
『『名前呼び』』
 2人が更に食いついてくる。女子校だけに浮いた話が少ないので仕方ないだろうか。
『なんかよくわからないけど、懐かれちゃって……』
 奈緒子が困ったようにそう言うと、隣のベッドの女の子がぶふっと吹き出したのが聴こえた。

:::::::::::::::::::

 退院してから3カ月が過ぎた7月上旬のことだった。
 放課後、教室で雑談に花を咲かせている中、意を決したように千宙が切り出してきた。
『わたし、高校は別のところ受験する』
 その言葉に、奈緒子もメグミも小さく固まった。当たり前の日常が、ガラガラと崩れる音がした。
『色々頑張ってみたけど、向き不向きはやっぱりある』
 千宙は絶えず笑顔だったけれど、奈緒子は、ドカンドカンと耳元で鳴る音に、呼吸が浅くなるのを感じた。
 彼女が放課後遅くまで残って練習していたのを知っている。
 中学に上がった時に買い替えたホルンは、彼女が小学校時代のお年玉をコツコツ貯めて買ったものだ。
 よく手入れされた楽器。びっしりと書き込まれた譜面。ボロボロになった音楽ノート。全部全部知っている。
 だけど、掛けられる言葉が見つからない。
 目の前の千宙は、もう決めたのだとすっきりとした表情をしている。
 そして、仮に止めたとしても、それは単に彼女がこの学校を去るのを先送りするだけだ。
 ――彼女がどれだけ音楽を愛しているのか知っている。
 ――どれだけ、彼女が、彼女のなりたいものに手が届かない状態にあるのかも、知っている。
 こんなことを考えてしまう自分が嫌になる。彼なら、彼女になんて言うだろう。自分は何も言葉を見つけられない。
 きっといつか、自分も彼女と同じ道を歩くことになるのに。離れたいと思いながらも、ピアノの魔物に囚われたままの奈緒子は、まだ答えを出せずにいる。
『それでさ、2人にお願いがあるんだ』
 何も言えない2人をゆっくりと見回し、千宙はニコニコしたまま続けた。
『定期演奏会のアンサンブル部門、一緒に出てくれないかなぁ』

NEXT STORY
第2レース 第8組 在りし日の星空


感想等お聞かせいただけたら嬉しいです。
↓ 読んだよの足跡残しにもご活用ください。 ↓ 
WEB拍手
感想用メールフォーム
 ※感想用メールフォームはMAIL、お名前未入力でも送れます。

もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)