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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-8

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第7組 トロイメライに揺られて

第6レース 第8組 隣の温度

 小学4年から野球を始めて、持ち前の運動センスですぐにレギュラーになった。
 エースで4番。背番号「1」が自分の勲章だった。
 もらったトロフィーや賞状を、リビングに母は誇らしげに飾った。
『カズちゃんはやっぱり立派ねぇ』
 家を訪れる親戚や知り合いたちは来る度そう誉めてくれた。
 3年の時に転校してきた俊平に人生初めての敗北を舐めさせられてからというもの、目の敵にしているのに、俊平は特に気にも留めずにニコニコと話し掛けてくる。こちらの敵意は全然通用しない。どうにも調子が狂う。
『かずとくんもりくじょーぶ誘われた?』
『野球部があるからことわったよ』
『えっ、なんで?! かずとくんがいないとつまんないじゃん』
『あのさー、耳ついてる?』
 秋の陸上大会だけ臨時招集される陸上部なんて、参加する意味もない。ましてや、こちらはやりたいことがある。
『かずとくん、オレの次に速いじゃん。おかしいでしょ!』
『しゅんぺーくんさぁ、人にはそれぞれ都合ってものがあるんだよ』
 冷たく切り返すと、俊平はふてくされたように頬を膨らませる。
『なんだよ、かずとくんより速い人なんて、りくじょーぶにはきっといないじゃん。つまんない』
『……上級生なら速い人もいるだろうし、市にも県にも、きみより速い人なんてたくさんいるでしょ』
『んー。そうかなぁ』
『何より、なんで、負けるのわかり切ってるのに、おれが君の都合に合わせなきゃなんないのさ』
 鋭く言い放ち、はーとため息を吐く。俊平は和斗の言葉に寂しそうな顔で黙ってしまった。さすがにその顔をされると心が痛んだ。
『むり言って悪かったよ。じゃー、野球がんばってね』
 けれど、切り替えたように無邪気に笑って、俊平は去っていった。

 彼はその大会の男子100メートル走で軽々県大会1位になった。
 ――相手が悪すぎる。
 結果を聞いた時、和斗は素直にそう思った。

:::::::::::::::::::

『4年のくせに出しゃばって、最後の最後で失投かよ!』
 自分が入部する前までチームのエースだったその上級生は、小学校最後の試合での和斗の失投を許さなかった。
 それはそうだろう。自分でもきっと同じことをした。だから、何も言い返せない。
 その態度がいけ好かなかったのか、その上級生は更に何かまくし立てたが、和斗はもうほとんどその話が耳に入って来なかった。
 練習のし過ぎで爪が割れたなんて、言い訳でしかない。彼らにとっては今日の試合が最後だったのだから。
 重たい野球道具を背負って河川敷を歩く。川面がキラキラと綺麗で、それを見ていたら涙が溢れてきた。
 面倒くさくなって、野球道具を下ろし、そのまま河川敷にしゃがみこむ。
『全部おれが悪い』
 ぽそりと呟き、袖で涙を拭う。
 左手の中指の先には絆創膏を貼ったけれど、まだ痛む。無理だと思った時に、すぐに監督に交替してほしいと伝えるべきだった。チームのためにはそうすべきだった。でも、6回まで無失点が並んでいるスコアボードを見て、自分の中で欲が出てしまった。
 どのくらいそうしていたろうか。川面の反射がオレンジ色に変わり始めた頃、誰かが走ってくる足音がした。
『あれー、かずとくん、どうしたの?』
 その無防備で無邪気な声には聞き覚えがあって、すぐに顔を上げ、声のした方を見上げる。
 河川敷の土手沿いの歩道。半袖短パン姿の俊平が、その場で腿上げをしながらこちらを見下ろしていた。
『しゅんぺーくんこそ、こんなところでどうしたの?』
『夕飯前のジョギング。いつもやってるんだ~』
 白い歯を見せて元気いっぱいに笑うと、こちらまで駆け下りてきて、和斗の脇に滑り込むように腰かけた。
 俊平は人との距離感が近いので、その当時の自分は戸惑うことが多かった。
『な、なに?』
『えー? なんか見えんのかなーと思って』
『べ、別に、何も見えないよ』
『じゃ、なんで、こんなところに1人でいるの?』
『……川の反射がきれーだなぁと思って』
『ああ! それはそう。オレもこのフーケー好きだよ』
『そう』
 あまり見られたくないところで、彼が傍に来たので、和斗の返しはどこまでも無愛想になる。けれど、俊平はあまり気にしていないようで、ニコニコ笑っているだけ。
『そういえば、今日試合だったんだっけ』
『……うん』
『かずとくん、ずっとがんばってたもんね。どうだった?』
『……負けた。おれのせいで』
 和斗の返答に俊平は大きな目をパチクリさせ、少し固まるが、すぐに笑顔になった。
『そっか。じゃ、次は勝てるといいね』
 なぐさめるわけでもなく、そう言うと、俊平は胡坐の姿勢で座り直して、鼻歌を歌い始める。
『何も言わないんだね』
『え?』
『いや、その……』
『だって、オレに何か言われてもムカつかない? オレだったらムカつくなって思うからさ』
 話を聴こうとするわけでもなく、飾り立てたなぐさめの言葉を言うわけでもなく、俊平はあの時、あっけらかんとそれだけ言って、隣にいてくれた。
 あの時の和斗にとって、それがどれだけ救いになったか、きっと彼は知る由もない。

:::::::::::::::::::

『一高からスカウト?』
『ああ! 新人戦の陸上大会見に来てたみたいでさー。挨拶だけされた』
『……へぇ。相変わらず、お前はスケールが違うな』
 雨で練習が休みになったので、和斗は俊平の部屋に上がり込んで、持ち込んだゲームを遊びながら、耳だけ彼の話を聞いていた。
 俊平の部屋には漫画やゲームの類がないので、自然と遊びに来る時は何かを持ち込むことになる。
 俊平も和斗が持ってきた漫画を寝転がって読んでいる。時折、ツボに入ったのか、ケラケラ笑っている声がした。
 一高は県内でも有名なスポーツの名門校だ。特に野球と陸上が強い。
 小学校時代に注目を集めた俊平の快足は中学に入っても衰えを知らず、県大会では1位。関東地方なのもあり、地方大会からは苦戦を強いられているようだったが、2年主体の新人戦では上級生の敵が減ったこともあり、全国大会まで駒を進めた。
 同じ学校に全国大会に出場できる人物がいるなんて、なかなかないことなので、壮行会の時は、みんな驚きを隠せない様子だった。
 要するに、本人は自覚がないようだが、彼は今”時の人”なのだ。
『しゅんぺー、女子に告白されたりした?』
『……は?』
 和斗の問いが意外だったのか、それまでケラケラ笑いながら漫画を読んでいた俊平が、読む手を止めてこちらを見た。
『何の冗談?』
『だって、全国大会だぜ?』
『カズらしくねーこと言うなよ』
『……そうか。らしくないか』
 俊平は今病弱な1学年下の美少女にご執心と来ている。仮に質問したようなことがあったとしても、誰にも言わないだろう。
『そういうのは、カズみたいに、頭良くて、カッコよくて、エースで4番みたいなやつの専売特許だろ』
 からかうでもなく、心からそう思って疑わない声で彼が言う。言われた側の和斗のほうが照れくさくなり、ゲシッと俊平の足を蹴り飛ばした。
『いてっ』
『野郎にそんなん言われてもきしょいだろ』
『ん? だってそうじゃん。お前みたいなのが女子にはモテんだよ』
『モテたところで何になるのさ』
 無邪気な俊平の言葉に、和斗はため息混じりでそう返し、むくりと起き上がる。
 新人戦は県大会決勝で敗れた。決して層の厚くないチーム。世代交代したばかりでこの結果は上出来だと、顧問は喜んでくれていたが、和斗の求める結果は手に入らなかった。
 俊平は野球のことがわからないから和斗評を覆すことがない。
 けれど、和斗の客観的視点では、どう足搔いても先はないな、と諦めの感情がたまに頭をもたげてくることがある。
 彼はどうしてこんなにも迷いなく走り続けられるのだろう。
 和斗はずっと立ち止まらないようにするだけで、必死なのに。
『カズも、今度県の選抜合宿行くんだろ? やっぱ、スゲーよな』
『まぁ、それくらいは選ばれないとさ』
 真っ直ぐに誉めてくれるのが気恥ずかしくて、ついそう返してしまう。俊平はその返しに目をキョトンとさせる。
『カズって目標設定高いよな』
『え?』
『選ばれたんだから喜べばいいじゃん』
 白い歯を見せて笑いかけてくる俊平。
 そんなに真っ直ぐに自分の可能性を信じてやれる俊平のことを、心の底から羨ましいと思った。

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第6レース 第9組 背番号「1」のプライド


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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)