連載小説「STAR LIGHT DASH!!」3-5
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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
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第3レース 第4組 Lucidly Remember My Everything
第3レース 第5組 届かなかったロングシュート
『キー、お願い、打って!!』
試合終了直前。
スタメンで出ていた3年メンバーはバテたのか、もう諦めたのか、前線にいたのは途中交代で入った2年の如月希依(きさらぎきい)だけだった。
エンドラインから決死の思いでボールを投げ、そのパスは彼女に真っ直ぐ通った。
投げてすぐにコートを駆け上がる。
せめて、リバウンドフォローだけでも。言い聞かせながら震える膝を鼓舞する。
走れ。走れ。まだ終わってない。点差は2点。まだ追いつける。可能性はまだある。
前線にフォローがいないから、希依の周りにディフェンスが固まってゆく。
それでも、希依はボールを渡さず、3Pラインギリギリまでドリブルで進み、体勢を崩しながらもシュートを放った。
入らなくても、リバウンドタップでねじ込む。
ゴール下で待ち構えていた相手ディフェンスとのポジション争いを制し、タイミングを図ろうとしたその時、希依の打ったシュートは失速し、ゴールリングに届くことなく、床に落ち、大きくバウンドした。
無情にも鳴る試合終了の笛。
相手チームは嬉しそうにガッツポーズをし、メンバー同士でハイタッチをしながら、センターラインに駆けてゆく。
綾とリバウンドポジションを競っていた相手チームのセンターが、ポンポンと綾の肩を叩いてきた。
『ナイスガッツ』
負けた側のことを慮ってか、表情は笑顔ではなかった。
息を切らせたまま、綾は目を細める。
『そちらこそ。次も頑張ってね』
ゆっくり拳を差し出し、相手も拳をコツンと軽く当ててから、センターラインに向かって駆けてゆく。
シュートを外した希依は顔面蒼白でその場に立ち尽くし、体力切れの3年メンバーも各々その場に立ち尽くしていた。
綾は必死に息を整え、大きな声で叫ぶ。
『藤波、整列!』
その声で、現実に戻ったようにコートに立っていたメンバーがセンターラインへ駆けてくる。
相手チームのメンバーの顔をゆっくり見回し、審判の合図とともに礼をする。
『ありがとうございましたっっっ!』
綾に、3回目の夏は、やってこなかった。
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『ひより、料理教えてくれない?』
中学3年最後の大会が終わった後、3年で再び同じクラスになったひよりにそう声を掛けた。
たまに話し掛けてはいたけれど、ひよりはいつも居心地悪そうな顔をするので、そこまで仲良くはなっていなかった。
それなのに、急にそんな相談事。彼女は驚いたように綾のことを見上げてきた。
『いいけど、どうしたの?』
只事じゃないことを察したのか、その時は、いつもの居心地の悪そうな表情はなかった。
『ちょっと……色々あって、必要で』
中学2年の終わり、綾と麻樹の面倒を見てくれていた祖母が亡くなった。
最後の大会が終わるまではどうしても、綾も家事を覚える時間を作ることができず、家の中がめちゃくちゃな状態になっていた。
部を引退して、忙しさから解放されたため、さすがにこれはいかんだろ、と心を改める。
バスケをやるにも栄養面は気を付けないといけない。祖母はいつも気を付けてくれていたのだと、亡くなってから気が付いた。
あまり話したくない様子なのが分かったのか、ひよりはそれ以上は何も聞いてこなかった。
『瀬能さんのおうちに行ってもだいじょうぶ?』
『あ、えーと、家、すごいことになってるけど、それでよければ』
『……? よくわからないけど、じゃ、今日はまずお掃除からかな』
『え?』
『どうしたの?』
『手伝ってくれるの?』
『いいよ。片付けるの好きだし』
あまりに自然な素振りに、綾は涙が出そうになって、そっぽを向く。
『何か、食べたいものあれば、それから教えるよ』
『あ、う、うん。弟に聞いてみるね』
『弟さんいるの?』
『うん』
『いくつ?』
『今保育園の年中で』
『そうなんだ。じゃ、お菓子持ってこうかな』
『え?! ひよりの手作り?』
『うん、昨日焼いたマフィン、まだあると思うから』
厚めのレンズの向こう側で、大きな目が優しく細まる。
『1年の時にもらったチョコ、本当にお世辞抜きで美味しかったから、また食べられるの嬉しい』
綾が真っ直ぐにそう言うと、ひよりは照れたのか、ただでさえ小さいのに更に縮こまる。
『瀬能さんって』
『ん?』
『本当にストレートだよね……』
感心しているのか、呆れているのか分からないニュアンスの言葉に一瞬迷ったが、綾は顔の近くで逆ピースをしつつ得意げに笑顔を返した。
『よく言われる♪』
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高校に上がっても、選んだのはバスケ部。
入部初日、さすがに驚いた。
中学の大会で何度か対戦したことがあり、県のMVPにも選ばれたことのある更科円佳(さらしなまどか)が、在籍していたからだ。
藤波高校は進学校で、然程運動部は強くない。
強いて言うなら、陸上部が強いくらいだろうか。指導している教師が腕が良く、各所に顔が利くらしいという話は後で聞いた。
『更科さん! 一緒にバスケしてみたかったんです。嬉しい』
人見知りをしない綾は、彼女の顔を見てすぐに物怖じせずにそう言った。
入学したての後輩に馴れ馴れしくそう言われるとは思っていなかったのか、はじめ面食らった様子の円佳だったが、あまりにも綾が無邪気だったので、笑顔で応えてくれた。
彼女と一緒に”遊ぶ”バスケは楽しかった。
”ここに欲しい”と思えば、そこにボールが来る。”そこにいてほしい”と思う場所に彼女がいてくれる。
2人のコンビネーションプレーで、女子バスケ部は2年間県大会ベスト4という成績を残し続けた。
『せっかくなら、インターハイ行きたかったね』
彼女が引退するその日、笑顔だったけれど、目は潤んでいた。
彼女となら行けるかもと思っていた。もっとチーム力のある学校を選んでいたら。何度も考えたけれど、人にはそれぞれ事情がある。
そして、その事情が連鎖したことで、2人は1年数カ月、バスケで”遊ぶ”ことができた。
円佳のバスケセンスは一流で、当然のように遠方の体育大学から推薦の話が来た。
高校進学時にはクリアできなかった事情が解決していた円佳は、迷うことなくその推薦の話を受けて、藤波高校を卒業していった。
『綾、またバスケやろうよ。待ってるからね』
屈託のない笑顔と、その言葉を残して。
――ごめんね、円佳さん。約束は守れそうにありません。
:::::::::::::::::::
「綾さんが声掛けてくれて嬉しかったです」
希依はプールに浮かびながらそう言った。
プールサイドで水に足をつけ、ちゃぽちゃぽと音を立てていただけの綾は、その言葉に首を傾げる。
「何が?」
「最後の試合、私があのロングシュートを決めていたら、もっと一緒にバスケできたじゃないですか」
真面目な希依の考えそうなことだ。
インターハイ予選最後の試合は2点差で負けていて、途中から投入した希依に最後の最後ボールが回った。
3年にとって、最後の試合になるかもしれない。そのプレッシャーもあったろうか。彼女のシュートは途中で失速し、ゴールリングに届かなかった。
「気にしてないよ」
「でも……」
「距離もあったし、みんなバテバテで前線に走れてなかった。あれは、キーのせいじゃない」
自分が円佳とのコンビネーションプレーさえあればそれでいいと、チーム作りを長い間怠ってきたツケだ。彼女のせいではない。
希依は浮かぶのをやめてしっかり立つと、悲しそうに目を細める。
「せめて、外したのが私じゃなかったら、綾さんだって、先輩たちと揉めなかったじゃないですか」
あの時、同学年のレギュラー選手を希依に代えてほしいと進言したのは綾だった。
元々、3年のレギュラー選手たちは向上心がなく、自主練習もあまりしないし、勝負事にもそこまで血気盛んなタイプではなかった。進学校のそんなに強くないバスケ部だ。それは仕方のないことだった。どんな事情があったにせよ、そういう高校を選ばざるを得なかったのは自分だ。
――仕方ないよね。それぞれ事情があるし。その事情に負けて、ここを選んだのは自分だし。
ずっとグルグル回り続ける言葉。それでも、好きなことでは負けたくなくて、自分なりにやることはやってきた。だけど、届かなかった。
綾は、ずっと必死に感情を押し殺し続けてきた。
『あたしらにとっては、最後の試合だったのに。なんで、2年が出て、出場できない3年がいるわけ?』
その言葉が引き金だった。
希依は円佳と綾のプレーを見て、憧れて入部してくれた。
熱心に綾の自主練習にも付き合ってくれていた。
背も高いし、努力もするし、言ってはいけないが、綾以外の3年よりも上手だった。
それでも、彼女は優しい性格だから、前に出たがらなかった。チーム内の不和を嫌ったのだ。
綾がずっと我慢し続け、押し殺し続けた感情が、あの時弾けてしまった。
『大事な試合で最後まで走らなかった人たちが言うことじゃないでしょ』
何度も、車道先生は気に掛けてくれた。綾が抱えている爆弾を、きっと彼女は見透かしていた。
結果的に、高校最後の試合のあの日は、綾にとって最悪の1日になった。
3年間同じ体育館で練習したチームメイトたちとの関係修復は望めないだろう。
「アタシが、キーと一緒に試合に出たかったんだよ」
笑顔を保ってそう言うと、希依が下唇を噛んだ。
「1、2年は」
「ん?」
「ずっと、綾さんのことを心配してました」
希依が両手で水を掬うように手を動かし、持ち上げる。さらさらと手から水が零れ落ちてゆくのを綾は見つめる。水が落ち切った両手を希依はぎゅっと握り締めた。
「あんなに熱心に練習してたのに、あの日から体育館に顔も出してくれなくなったので」
「ごめんね。受験勉強で余裕がなくて」
「……なので、文化祭手伝ってほしいって、声掛けてもらえて、私たち嬉しかったんです」
「はは、そっか。ありがと」
「クラス企画もあるから全員は無理でしたけど、なんでもやるので」
「うん、ありがと」
深く吐き出すように感謝の言葉を告げ、そのまま息を吐き切る。
昔から他人に頼るとか、甘えるとか、そういうのが苦手だ。だから、こういう言葉を言ってもらえても、なかなか上手く受け取ることができない。
「綾さんは、大学行ってもバスケ続けるんですよね?」
「……うん。そのつもり」
円佳と同じチームは叶わなかったとしても、自分はバスケを捨てられない。
「よかった」
「円佳さんと一緒の大学は無理そうだけどね」
「2人のプレー、また見たいなぁ……。連絡、取ってないんですか?」
「予選負けてからは、ちょっと気が引けちゃって」
「そう、なんですか」
綾の言葉に、またもや希依がしょげた顔になる。
「そういう意味では言ってないから、そういう顔しないでぇ。アタシが困るじゃん」
「す、すみません」
指摘されて希依は必死に表情を維持するようにひきつった顔になった。
さすがにそれはどうだろう。
その顔がおかしくて、つい綾は吹き出した。
「ふふっ、もう、キー、でっかいのにほんと……」
「私はお2人のファンなんですから仕方ないじゃないですか……!」
「ほーんと、キミはストレートだなぁ」
真っ直ぐ言ってくる彼女の言葉に綾は優しく目を細めて頬杖をついた。
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