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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-2

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第1レース 第1組 らしくないアイツ

第1レース 第2組 ひび割れた心の立て直し方

 病院の診察室を出て、慣れない松葉杖をぎゅっと握りしめ、俊平は強く床を杖の先で叩きつけた。

 右足は動かせないようにぐるぐる巻き。
 靭帯の再建手術が必要だという説明と、術後半年は選手復帰は難しいだろうという医師の言葉が何度も頭の中で巡っていた。
『くっそ……!!! なんでだよ!!! 動けよ! ふざけんじゃねーよ!!!』
『シュン、落ち着いて!』
『うるせー!!』
 俊平の行きどころのない怒りを真正面から受けることになり、彼女がビクリと肩を震わせた。
 中学のころからの付き合いだけれど、彼女に対して怒りをぶつけたことなんて1回もなかった。
 だから、その反応は当然だったし、あとになって振り返ると、なんてことをしてしまったんだろうと思う。
 けれど、その時は、長い時間をかけて築いてきたものが崩れ去ってしまった絶望に克つことができなかった。
『何のために……。オレは何のために……』
 俊平の絞り出すような言葉に、彼女はかける言葉が見つからないのか、ただ、俊平の正面に立ち、床を見つめていた。
 小児科が近いのか、子どもたちの笑い声が響いてくる。
 自分の置かれた状況と、それはあまりに不似合いすぎて耳を覆いたくなった。
 悔しさで涙が出そうになったが、それだけはだめだと必死に堪える。
 今は3月だ。早くても競技復帰には術後半年かかると言われた。6月の予選には間に合わない。
 これが高校最後の大会なのに。ここで結果を出さないといけなかったのに。
 ずっと俯いていた彼女が小さな声で言葉を発する。
『ごめんね……』
『え』
 意外な言葉に視線を上げると、彼女もこちらを見上げてきた。
 いつもの気丈な表情など見る影もなく、頬は涙に濡れていた。
 ボブショートの柔らかそうな黒髪。俯いていたせいで落ちてきた横髪を耳にかけ、涙を拭って俊平の肩に手を置いてくる。
『最近、フォーム崩れてるなって……。どっか痛めてるのかなって気になってたのに……。もっと早くに止めてたら……』
 肩に置かれた手にはすごく力が込められていて、それだけでこちらからは何も返せなかった。
『ごめんね。あたしがもっとちゃんと止めてればよかった』
 悲しそうに目を細めて絞り出すようにそう言うと、またボロボロっと涙が溢れ出してきて、彼女はそれを隠すように俊平から顔を背けて、ジャージの袖で顔を拭う。
 そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
 まるで、俊平が泣かない分まで泣くように、彼女は泣き続ける。
 いつもの自分なら、その時彼女を抱き寄せて、頭を撫でるくらいのことはできたろうか。
『……お前のせいじゃないじゃん……』
 ただ、静かに呟くことしかできないなんて。
 彼女の耳にその声は届かなかった。

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 今でも、あの日のことを思い出すと、彼女の泣き声が聞こえてくる気がする。
 彼女のせいじゃない。
 悪かったのは自分だ。
 膝の異変に気付いていなかったわけじゃない。
 大したことない。そう思っていた。それは自分の甘さだ。
 夕日に照らされる河川敷沿いの道を歩きながら、ユラユラと揺れる川面を見つめる。
 もう夏で、制服は半袖で、ただ歩いているだけで汗が出る季節だというのに、自分は止まったままだ。
 懸命なリハビリの結果、異様なスピードで回復して競技復帰を果たした選手もいるにはいるが、残念ながら自分はそれには該当しなかった。
 診断どおり、術後半年での競技復帰。
 リハビリの結果、来月からは陸上用のトレーニングに戻していっても大丈夫になりはしたものの、この5カ月間してきたことは、単純に陸上選手としてのスタートラインに戻るための努力で、ここからコンディションを戻していくには更に時間がかかる。
 中学から始めた陸上競技。
 陸上の花形100メートル走。
 中学1年のころから、地方大会の常連で、全国大会にも出たことがある。
 まだ速くなれる。まだ行ける。まだやれる。
 その気持ちでずっと積み上げてきたものがあったのに、呆気なく崩れ去った後というのは、こんなにも気持ちの立て直しに時間のかかるものなのだろうか。
「やってやるぞー、って気持ちがないわけじゃねーんだけどな……」
 ひとりごちて、ため息をついた。
 高校最後の大会。3年間どころか6年間の集大成の気持ちで臨もうとしていた。
 焦りもあったんだろうと思う。なんであんな時期にあんな怪我をする必要があったろう。今の自分は冷静にそれを考えることができる。
 陸上しかやってこなかったから余計に喪失感が大きいのかもしれない。
 先程、和斗にぐしゃぐしゃやられた髪を指先でねじって直しながら、うーんとうなり声を上げる。
 川面から河川敷に視線を移すと、ヘッドホンを首に提げたサラサラストレートヘアーの女性が視界に入ってきた。
 この河川敷は楽器の練習をしている学生もたまにいるので、それ系かなと思いながら、近づいていく。
 口を動かしている……? 歌っているのか。
 近づくにつれ、少しずつその女性の歌声を耳が拾い始めた。
 澄んだ綺麗な声。脳内検索してみたが、聴いたことのない曲だった。
 登下校でいつも通る道だが、その女性を見るのは今日が初めてのことだ。
 なんとなく興味が湧いて、その女性の背中を真っ直ぐに見られる位置まで来てから、道から逸れて河川敷に腰を下ろす。
 素人の耳でも、彼女の歌はとても上手に感じた。
 ひたむきで真っ直ぐ、何かを訴えかけるような鋭さもある。
「しんがーそんぐらいたー、的なサムシングの方かな」
 膝に肘をついて頬杖の構えで、女性の背中を見つめる。
 女性らしいシルエットのシャツに、下は夏らしい色味のフレアスカート。
 服の趣味的に20代前半だろうか。
 ぼんやりそんなことを考えていると、歌い終わったのか、女性の歌声が止んだ。
 気が付いたら、拍手をしてしまっている自分。
 叩いた後に、はっと我に返った。
 その拍手に、ゆっくりとその女性が振り返る。
 おっとりめの美人だ。
 拍手をしてしまった手前、何も言わないのも気が引けて、にへへっと笑いかける。
 らしくないと和斗に言われたばかりなのもあり、半年前までの自分を思い出すように手探りで口を動かした。
「すんません、歌上手いなぁって思って、つい、足止めちゃって」
「ありがとう。……藤波高校の子?」
 女性は俊平の制服を見て、そう返してきた。
 少し声が堅い。人見知りされているのがすぐにわかった。
 藤波高校の制服は紫がかった色味になっていて、見分けがつきやすい。制服で悪さができないともいえる。
「あ、そっす」
 俊平の軽快な表情に、女性はまだ警戒した様子で、ヘッドホンに触れながら目を泳がせている。
 というか、よく見たら……。
「そのヘッドホン、模様可愛いですね」
 猫と月をモチーフにしたデザインが左耳の部分に施されているのが見えて、思わずそう言ってしまった。
「目がいいのね」
 女性は作った笑顔でそれだけ言うと、スタスタスタとこちら側まで歩いてきた。
 俊平のほうへ向かって、というよりは帰ろうとして、という体だ。
「聴いたことがない曲でしたけど、オリジナルの曲だったりします?」
「…………。そうね」
「いい曲ですね。思わず、聴き入っちゃいました」
「ありがとう。バンドのボーカルをやってるの」
「そうなんすか」
 俊平の横を通り過ぎていく。
 ふんわりとした空気だけれど、心の壁を感じて、これ以上は話しかけないほうがよさそうだなとそこで言葉を切った。
「たーくみ!」
 後ろから声がして振り返ると、見知った顔の人が立っていた。
 車道舞(くるまみちまい)先生。今年赴任してきた、俊平のクラスの副担任だ。
 備考:めちゃくちゃ美人。
「舞、遅い」
「無茶言わないでー。これでも最速です」
 やれやれといった調子で、黒髪ロングのさらさらヘアーを掻き上げる舞先生。
「ありゃ? 俊平じゃん。どしたの、そんなとこで」
 とても馴れ馴れしく話しかけてくる。この人はいつもこんな調子だ。
「よくわからないけど、わたしのファンになってくれるみたい」
 俊平が答えるより前に、女性がおかしそうにそう言った。
 知り合いの生徒と分かって、多少ガードを緩めてくれたのだろうか。
 舞先生がこちらに下りてきながら、俊平に優しく微笑みかけて口を開いた。
「あー、拓海は音楽の才能は最高だし、美人だけど、性格難ありだから気を付けた方がいいよ、俊平」
「や、オレは別にそういうつもりでは」
「しゅんぺいくんっていうの?」
「あ、はい。谷川俊平です」
「そう。わたしは、つきしろたくみです。よろしく」
「月の代わりに海を拓く、と書いて月代拓海よ」
 マイペースそうな拓海の言い方にすかさず舞先生が補足をする。
「拓海さん……、あ、月代さんですね」
 名前で呼んですぐに拓海の表情が曇ったので、ソッコー言い直した。
 結構難しいタイプの人みたいだ。
 ゆっくり俊平は立ち上がり、拓海と舞先生を見下ろす。
「俊平、膝の調子はどう?」
 相変わらず、ざっくり聞いてくる人だなぁ……。そう思いながらも笑顔を返す。
「大丈夫です。夏休み入ったらトレーニング入れてっていいって言われました」
「それならよかった」
「膝?」
 拓海が不思議そうに2人を見比べたが、俊平が笑顔で舞先生を制したので、舞先生もそれ以上は何も言わなかった。
 何か考えるように目を細める舞先生。
 俊平も拓海もその様子に首を傾げる。
「俊平さぁ、文化祭で何かやらない?」
「は? 唐突だな」
「あ、いや、拓海もうちの高校の文化祭のことで、頼みごとがあって呼んだから、ついでに思い付きでね」
「おもいつき」
 俊平の呆れたような口調に、拓海がクスリと笑う。
「楽しいよ、文化祭。割と、ちゃんとやってみるとさ」
「3年って自由参加でしたよね?」
「んー……まぁ、そうなんだけどねぇ。教師としては、今しかできないこと、一生懸命やってみたらどうかなーって思うわけで」
「…………」
「クラス単位でできるかどうかは置いといて、少し考えといてくれない?」
 舞先生は見透かすように微笑むと、ひらひらと手を振って、元来た道へと戻っていった。
 それを追って拓海も歩き出したが、ふと立ち止まって振り返った。
「きみの声、綺麗な空みたいなブルーなのに、ところどころヒビが入っているみたいで今とても聞きづらい」
「え?」
「きみが誉めてくれたさっきの歌は、道が見つからなくて迷っている旅人の歌だよ」
 何を言ったのかよくわからないまま戸惑っていると、更にマイペースにそう続ける拓海。
「誰でも正しい道を進みたがるけど、正しい道はひとつじゃないし、急いで進んでもゴールが近くにあるとは限らないんじゃないかな」
 そこまで言うと、満足したようにスタスタスタと行ってしまった。
 何も知らない人に見透かされたように言われたのが地味にみぞおちに響く。
 暗くなり始めた町並みを歩きながら、2人に言われた言葉を反芻する。
『シュン、来年はうちの高校、文化祭あるよね? そしたら、一緒に回ろうね』
 藤波高校は、文化祭と体育祭を交互に開催するため、昨年は体育祭だった。
 体の強くない彼女は基本的に見学をしていたが、様子を見に行くと、そんなようなことを嬉しそうに言っていた。
 彼女は1学年下だから、俊平が1年の時は彼女はまだ入学していなかったし、俊平は俊平で陸上の記録会と日程が被っていたので参加すらしなかった。
 クラスの準備もろくに参加していない。
 中学の時も、あまり面倒にならない役回りだけやって済ませていた気がする。
『何のために……。オレは何のために……』
 自分の目標のために、それは不要だと捨ててきたものがたくさんあった。
 何のために費やしたんだ。何のために頑張ったんだ。なんで、よりによって、こんな終わり方なんだ。
 あの時の自分の想いは、今なら整理できていて自分でも理解ができる。
「そういう方法も、あるってことか」
 静かに呟いて紫色に染まり始めた夕空を見上げた。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)