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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-1

 走って走って走って。
 薄い小石を積み重ねるように、ただひたすらに走った。
 遥かな夢の先に辿り着けるのを信じて、ずっと走り続けた。
 手を伸ばせば空に届くと思ってた。
 飛べば星を掴めると思ってた。

第1レース 第1組 らしくないアイツ

「しゅんぺー」
 放課後、教室の窓際の席。頬杖をついて、窓の外を眺めていると、幼馴染の細原和斗(さめはらかずと)が声を掛けてきた。
 細面で眼鏡がよく似合い、頭のよさそうな美丈夫。
 生徒会長です、と言われても、全く違和感のない佇まいだ。
 暑くて折り返してある半袖から覗いたよく鍛えられた二の腕を掻きながら、谷川俊平(たにかわしゅんぺい)は和斗のほうへ向き直った。
「生徒会の仕事は終わりか?」
「ああ」
 俊平の無愛想な返しにも全く臆さず、にこちゃんと笑顔で答えてくる。
「なんか、珍しいもんでもあったか?」
「え?」
「らしくもなく、たそがれちゃってたからよ」
「…………。別に、なんでもねーよ」
 和斗が俊平の見ていた先を覗こうとするのを、立ち上がって制して、机に掛けてあったリュックサックをひょいと掴んだ。
「終わったなら、帰ろうぜ」
「え?」
「なんだよ」
「まさか、おれを待ってたのか?」
 意外そうな和斗の表情に、さすがにむず痒くなって声を荒げる俊平。
「んなわけねーだろ。ぼーっとしてたら、お前が戻ってきただけだわ!」
「ふーん。ま、いいけど。どーせ、ゆーかちゃんだろ」
「ちがっ」
「天真爛漫大型犬なんだから、らしくないことすんの、やめりゃいいのに」
 和斗は若干からかいたげな表情でそう言いながら、自席に戻って、筆記具を鞄に詰めると、教室の入り口で待っている俊平のところまで颯爽と歩いてきた。
「また、倒れたとかなら、連れて帰ってやったほうがいいんじゃないのか?」
「……最近は倒れてねーよ」
「ほーーーーん」
「な、なんだよ」
「おまえ、まじでらしくないのな」
「うっせ」
「過保護カレシくんなんだから、過保護らしくすりゃいいのに」
「…………。さすがに、もうあいつの中では終わってんだろ」
 呆れたようにジト目で見てくる和斗から視線を外して、俊平は唇を尖らせて答える。
 その返答に、やれやれとでも言いたそうに苦笑を漏らす和斗。
「お前さぁ……」
「ひより、本当にこれ美味しい! 作り方まで教えてくれてサンキューね」
 階段を下りるために角を曲がろうとしたら、ちょうど、階段を上がってきた女子2人組とバッタリ出くわして、俊平は急ブレーキをかけた。
 大した動作じゃなかったが、突然のことに順応できずに、ギシッと痛みを発する右膝。
「ッ」
「しゅんぺ?」
「あー。大丈夫」
 顔をしかめた俊平を心配して、和斗がこちらを見上げてくるので、できるだけ軽薄に笑って返事をした。
 さすがに、曲がった先に人がいたので、女子2人も驚いたような顔をしている。
 片方は、クラス委員長でいつもちゃきちゃき場を切り盛りしている派手めな女子。
 苗字はたしか、瀬能(せのう)。下の名前は知らない。
 背の高い、ゆるふわウェーブロングヘアの美人だ。
「ごめんごめん。アタシ、前見てなくて。谷川大丈夫?」
 俊平の怪我のことなど知らないはずだが、表情から察したようにすぐに両手をパチンと合わせて謝ってきた。
 それを隣で見ていたおとなしそうな女子が、俊平をおずおずと見上げてくるが、特に何も言ってはこなかった。
 クラスメイトだった気がするけれど、俊平は顔を覚えるのがあまり得意じゃないので、その子のことは知らなかった。
 色素薄めの髪や肌。瀬能よりも一回り小柄で華奢な体つき。
 耳にかけている横髪を留めるためのヘアピンがなんとなく目に付いた。
「瀬能さん、水谷さん、まだ残ってたんだね」
 和斗が慣れたように話を振る。
「ひよりが、同好会の活動でお菓子作るっていうから、たまには会員らしいことをと思って」
 小柄女子は、水谷ひより、というらしい。
「同好会?」
「料理同好会。バスケ部とずっと兼務で、ほとんど顔出せてなかったんだけど、ほら、引退になりましたので」
 テスト期間の終わった1学期終盤のこの時期。
 全国大会でも決めていない限り、運動部の3年生はほとんど引退の時期だ。
 俊平は1人早く、4月に退部届を出してしまったので、縁のないことだったが、確かに思い返してみるとそんな時期かと思考を巡らせる。
「へぇ。瀬能さんが兼務していたのは知らなかったな」
「1年の時は3年がいたから人が足りてたんだけど、2年に上がってこの子1人になっちゃって。それで、名ばかり兼務してたの」
「なるほどね。……確か、水谷さん、料理のレシピコンテスト? か何かで賞取ってたよね?」
 和斗が思い出したように話題を水谷という女子に振った。
 なぜかこちらを見上げてぼーっとしていた水谷が、急に話しかけられて驚いたように和斗のほうを見上げる。
「え?」
「学生コンクールみたいなので、賞取ってたよね? って」
 瀬能がフォローするように笑顔で補足する。
 その言葉にかぁっと顔を赤らめて、照れたように髪に触れる水谷。
「そ、そんな……大したものじゃ、ない、から」
「所属メンバーが少ないけど、実績があるからって様子見することになったんだよね。だから、よく覚えてるよ」
「ひより、ホント料理上手なのよ。手際が良すぎて惚れ惚れしちゃう」
「あ、綾ちゃん、やめて」
 瀬能の下の名前は綾というらしい。
 水谷はただでさえ小柄なのにあわあわしながら小さくなり、瀬能の背中に隠れてしまった。
 瀬能が不思議そうにそれを見下ろしていたが、ちょうどそこで下校の校内放送が流れ始めたので、天井を仰いでから、すぐに2人に手を振ってきた。
「もう、そんな時間か。じゃ、谷川、細原、バイバイ」
「うん、また明日」
 和斗が朗らかに笑顔で手を振り返すのに合わせて、俊平も小さく会釈だけ返す。
 瀬能が俊平の横をすり抜けるように歩いていき、それを追いかけるように、水谷も早歩きで俊平の横を通り過ぎてゆく。
 それを横目で見送る俊平。
 少し迷うように床を見つめる仕草をした後、水谷が立ち止まって、ぺこりとこちらにお辞儀をしてきた。
 きょとんとする俊平。
「さ、さようなら。細原くん。た、谷川くん」
「お、おぅ」
「また明日。水谷さん」
 不意を突かれて無愛想ながらもそこでようやく俊平が声を発した。
 水谷はその声を聞いたかどうかもわからないまま、教室へと入って行ってしまった。
 和斗が変わらず爽やかに手を振ってそれを見送り、歩き始める。ので、それに合わせる俊平。
 階段を下りながら、和斗がくくっとおかしそうに笑った。
「なんだよ。気持ち悪いな」
「お前、一言も発さないで済まそうとしたろ。どんだけ興味ないんだよ、クラスメイトに」
「名前わかんねーし」
「制服のネームプレートくらい見ろよ」
「……ああ、そんなものもあったな」
 つれない俊平の反応に、和斗は苦笑しつつ、足を止める。
 遅れて二段下まで行ってから足を止める俊平。
 不思議に思い、振り返ると、わしゃわしゃわしゃ、と急に髪の毛をかき混ぜられた。
「お、おい、やめろよ」
 それでもやめずにさらにぐしゃぐしゃぐしゃとかき混ぜてくる。
「こーら、かーずーーーー! やーめろ!」
 あまりにしつこいので、俊平が少し語気を強めて怒ると、気が済んだように手を離した。
 ポンポンと制服のズボンを叩き、スタスタスタと階段を下りてゆく和斗。
「おい、カズ」
「らしくねぇんだよー」
「はぁ?」
「おれ、用事思い出したから先帰るわ」
 ひらひらと後ろ手を振って、俊平を待つことなく、ハイスピードで階段を下りて行ってしまった。
「なんだよ、あいつ……」
 俊平はひとりごちるしかない。
 追いかけるわけでもなく、マイペースに階段を下り、昇降口へ。
 まだ部活をしている生徒もいるらしく、吹奏楽部の金管楽器の音や、外部活の生徒たちの気合の入った声が煩わしく耳にまとわりついてくる。
 靴箱に中履きを突っ込んでからスニーカーを取り出し、突っかけるようにスニーカーを履き、つま先で地面を何度か蹴り、雑に履き替えた。
 小さくため息。
 和斗は小学生の頃からの腐れ縁で悪友で幼馴染と呼べる存在だ。
 とはいえ、仲がいいからこその礼儀というものももちろん存在する。
 隣でずっと暗い顔してフラフラされたら、それは煩わしく感じられても仕方ないだろう。
 特に春先からずっとこんな調子と来ている。
 確かに、自分だったらこんな奴の相手は嫌だな、と思い至った。
 ポケットに入れていたスマホが震えた気がして取り出し、ロックを解除すると、和斗からのRINEだった。
『いい加減、元気出せよ』
『うっせ』
 俊平の返しに対して、含み笑いのキツネのスタンプが送られてきた。
「あんにゃろ」
 おかしさとちょっとしたイラつきが綯交ぜになったような笑いを漏らして、すぐにスマホをポケットに突っ込み直す。
 先程、容赦なくかき混ぜられた髪の毛を直しながら、校舎を出た。

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