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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-9

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第1レース 第8組 ステッキ・ラプソディー

第1レース 第9組 ちょっぴりビターなソーダ水

 長い終業式が終わって、俊平は大きく伸びをした。
「話が長いんだよ、バーロー」
 ひとりごちて周囲をきょろきょろ見回してみるが、和斗は生徒会業務でそのまま居残るという話だったから、特に一緒に教室に戻る相手もいない。
 体育館の出口はまだ生徒でごった返しているし、今戻ろうとしても暑いだけなので、手団扇しつつ壇上を見上げる。
 他の生徒会の生徒たちと一緒に、壇上のものを片付けている和斗がいた。俊平の視線に気づいたのか、和斗がこちらを一瞥したが、それだけで作業を続けている。
 和斗はいつも忙しい。小学校の時も、中学校の時も、あの手の雑用ポジションを任される。断ればいいのに。
「シュン」
 ぼーっとしていると、後ろから呼ぶ声がして、俊平は振り返る。声の主を確認する必要すらないほど、聞き知った声。椎名邑香が視線を伏せた状態で立っていた。
 長い睫毛が瞳に影を作っている。少しだけクセのある柔らかそうな短い髪が、彼女の可愛らしさを引き立たせていた。夏セーラーに、サマーベストを重ね着している。俊平からすると暑そうだが、透けるのが気になるのだと以前話していたことがあった。
 2人の傍を通る男子たちが、邑香のことをチラ見しながら通り過ぎてゆく。
「これ、一昨日の」
 邑香は小声で言って、ピンク色に兎柄のポチ袋を差し出してきた。
「一昨日……?」
「ドリンク代」
 そこでようやく邑香が俊平のほうを見上げてくる。俊平は左腕を掻きながら、それを受け取るかどうするか逡巡した。
「いや、別に。あのくらい気にすんなよ」
「気になるから渡しに来たんでしょ」
 引く様子も見せずに、ポチ袋をずいと突き出してくる。邑香は頑固だ。こういう時、受け取らないという選択肢はないのだった。
「サンキュ」
 やれやれといった調子で声を発し、突き出されたポチ袋を受け取る。
「調子、だいじょぶか?」
「おかげさまで」
「なら、よかった」
 邑香は考え込むように中空を見つめてじっとしているだけ。俊平は居心地が悪くて、また腕を掻く。天井を見上げて少しだけ考え、邑香に視線を戻した。タイミングよく、あちらもこちらを見たのか、視線がばちりと合う。邑香はすぐに視線を逸らし、動いた拍子にはらりと落ちた横髪を耳に掛け直す。
「ユウさ、文化祭、何か予定ある?」
「え?」
 俊平の言葉に驚いたようにこちらを見上げてくる。
「文化祭って10月じゃん。予定も何も」
「参加させてもらおうと思ってる催し、人が足らなくてさ」
 俊平の言葉に、邑香が微妙そうな表情を浮かべる。ので、俊平もそこで黙る。
「あたしが、そういうのやるタイプに見える?」
「や、その」
「珍しいね、シュンがそんなことに首突っ込むの」
「向いてないのは、まぁ、自覚あるけど。なんか、最後の年だしなって、思って」
「うん。最後だよね」
 邑香は何か言いたげだったが、周囲にまだ生徒がいることもあって、それ以上は言わなかった。居心地悪そうに、左腕をさすり、唇をきゅっと噛んだ状態で、数秒。
「一昨日はありがとう。助かった」
 それだけ言うと、手を振って歩いて行ってしまった。
 邑香の背中を見送って、カシカシと頭を掻く。
「やっぱ、空気読めてなかったか」
 けれど、誰か声掛けてみて、という話になった時、俊平の頭に浮かんだのは彼女だったのだ。彼女は、今でも、自分にとって、大事な人だ。
「仲直りできたか?」
 突然、耳元でそう囁かれてビクッと体を跳ねさせ、声のしたほうを向く。和斗がそこに立っていた。
「びっ、くりした。お前……」
「なんか、剣呑な雰囲気だったから、茶々でも入れてやろうかと、作業中断して下りてきたんだけど、その前にゆーかちゃんが行っちまったからさ」
「別に。一昨日買ってやったドリンク代返しに来ただけだよ」
「一昨日……? なーんだ、もう仲直りしたのか」
 俊平の言葉に若干安堵したように声を和らげる和斗。
 仲直り、したことになるのか? 全然、そんな感じはしないのだけれども。
「文化祭の催し、一緒にやらないか声掛けてみたんだけど」
「なんだって?」
「たぶん、断られた……の、かな」
「なんだそりゃ」
 表情に気圧されて明確に回答をもらえなかったのだから仕方がない。
「でも、いいな」
「ん?」
「おれたち、これまでそういうの、一切やってこなかったし、いいなって」
 和斗がなんとも言えなくなる、嬉しそうな目でそう言う。
「おれからも、あとで、ゆーかちゃんにプッシュしといてやるよ」
「え、や、やめたほうが」
 あれは絶対嫌だという意思表示に感じた。
「別に、お前がどうとかじゃねーって。おれがやりたいなって思っただけだよ。彼女にもそう伝えるさ」
 ポンポンと俊平の肩を叩いてくる和斗。
「じゃ、またあとでな」
 教師が和斗を探す声がしたので、それだけ言い残して、和斗は元の場所に早足で戻っていった。

::::::::::::::::::::::::

 体育館から校舎までの渡り通路で、見覚えのある女性が校庭を歩いてくる様子が見えて、俊平はそちらに視線をやった。
 日傘を差して、来賓用玄関に向かって歩いてゆく拓海。今日もまたおしゃれな恰好をしている。
「おっと、ちょうど来たか。拓海!」
 後ろからそんな声がして、舞先生が拓海に向かって手を振る。気が付いて、校舎ではなく、こちらに進行方向を変える拓海。
「舞先生、月代さん、何の用なんすか?」
「後夜祭でバンドやりたいって言ってる子がいるんだけど、メンバーが揃わなくてね。あたし、音楽はわかんないから、あの子にヘルプミーしたの」
「なるほど」
「ちょっと、生徒たち呼んでくるから、その間、相手しててもらっていい?」
「え、オレが?」
「一応、顔見知りでしょ。まかした」
 返答する隙を与えずに校舎に引っ込んでいく舞先生。
 日傘を閉じて、渡り通路の日陰に入ってくる拓海を、俊平は笑顔で迎えた。
「こんにちは」
「あら、谷川くん。こんにちは。舞は?」
「生徒を呼んでくるから待っててって」
「そう。全く、出勤前にこんなところまで来させられて迷惑だわ」
 優雅な調子でそう言い、バッグから洋風の扇子を取り出して扇ぎ始めた。その姿がとても様になっている。
「これからお仕事なんですね」
「ええ。今日は午後からなの」
「何のお仕事されてるんですか?」
「英会話スクールの講師よ」
「へぇ……」
 拓海は興味なさそうに中空を見つめている。必要最低限なことは話すけれど、といった空気感は、先週と変わらない。こういう人なのだろう。
 俊平はシャツの襟で汗を拭き、ふーと息を吐き出す。
「今日、暑いっすね」
「そうね」
 あまりに暑そうだったのか、笑いながら頷くと、パタパタと扇子で扇いでくれる。この中を歩いてきたとは思えないほど、拓海は汗をかいていなかった。
「あ、あざっす」
「いいえ。どうせ、舞に、待っている間相手しとけとでも言われたんでしょ?」
「まぁ、そうですね」
「時間大丈夫?」
「HRまではもう少し時間あるので」
「わたしをこの時間に呼びつけてるんだからまぁそうか」
 苦笑しつつ、扇子をバッグのポケットに差し、スマートフォンを取り出すと、音楽再生アプリの停止ボタンをタップしたのが見えた。首から下げていたヘッドホンを外し、それもバッグにしまう。
「普段、どういう曲聴いてるんですか?」
「色々、かな」
「いろいろ」
「クラシックが多いけど」
「クラシック」
 相槌は返すものの、あまり知識がないので、かなり中身のない会話になる。それがおかしかったのか、拓海はくすりと笑った。
「谷川くんは夏休みは何するの?」
「受験勉強とトレーニングと文化祭準備ですかね」
「結構盛りだくさんね」
「そっすね」
「トレーニングっていうのは、何の?」
 そこまで拓海が声を発したところで、舞先生が生徒2人を連れて戻ってきた。
「拓海、ごめんね。忙しいところ来てもらって」
「いいえ。今週は今日しか都合合わなかったし?」
「俊平、ありがと」
 舞先生の屈託のない笑顔と穏やかな声。これ以上、ここに待機していても仕方ないので、俊平は生徒2人に自分の場所を譲った。
「月代さん、さようなら」
「ええ、ありがとう」
 丁寧に挨拶する俊平に、拓海も視線を寄越して頷いてくれた。

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第1レース 第10組 Yours


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