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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-8

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第1レース 第7組 空蝉陽炎

第1レース 第8組 ステッキ・ラプソディー

「んじゃ、月・水・金でお願いしたいんですけど……。あ、ここに書けばいいんですか? はい、はい……これでいいすか?」
 受付のお姉さんに確認しながら、渡された申請書に記入していく。
 夕暮れの時間帯の市立病院。
 整形外科エリアの受付ブースに俊平はいた。
 一通り書き終えて受付のお姉さんに手渡すと、丁寧に確認してくれた。
「はい、大丈夫ですね。それじゃ、来週からで申請しておくから。忘れずに来てね、俊平くん」
 今日は、病院に併設されているジムでのリハビリトレーニングの申請をしに来た。
 お医者さんが経過を見ながら、トレーニングメニューをアドバイスしてくれる仕組みになっているそうで、前回通院時に勧められたのだ。体力バカだけれど、さすがに同じ過ちは犯したくないので賢明な判断といえる。
「じゃ、よろしくお願いしまっす! 相馬さん」
 問題ないと言われ、ご満悦の笑顔で手を振りながらそう返し、出口へと向かう。
 小児科が近いから、今日も子どもたちの声が廊下には響き渡っていた。
 4カ月前とは薄暗さが全然違うけれど、どうしてもあの時の口論が過ぎりそうになる。思考を止めて、そのことを振り払おうと頭を振った。
「俊平さん!」
 突き当りで曲がろうとしたところを後ろから呼び止められた。
 少し幼めな少女の声。
 反射的に声がしたほうを振り返る。
 カツカツカツ……と杖の音をさせて、長い髪をツインテールにした、小柄な少女が満面笑顔で歩み寄ってきた。
 黒い襟付きシャツに白のネクタイ。白のプリーツスカート。私立の中高大一貫の女子校の制服だ。右手にはピンク色の杖を握っている。
「奈緒子ちゃん」
 その子の名を呼ぶと、嬉しそうに少女は更に笑った。
 藤奈緒子。俊平が手術で入院していた期間に知り合った中学生だった。たしか、今年で中学3年のはず。
「やっぱり、俊平さんだ! よかったぁ……。追いつけないかと思って声かけて」
 弾むようにハキハキとそう言い、奈緒子は元気いっぱいに体を揺らす。
「俊平さん、連絡先教えてくれるって言ってたのに、そのまま退院しちゃうんですもん。よかったぁ。もう会えないかと思ってました~」
「ごめんごめん。久しぶりだね」
「俊平さんは、今日はどうして?」
「夏休みの施設利用の申請に来たんだ」
「えぇ?! いつ? いつですか? いつから? いつから?」
「月・水・金。来週から」
「時間は?」
「16時から18時半の間」
 俊平の回答に目をキラキラさせる奈緒子。その眼差しに、退院後それどころではなくて、奈緒子との約束を忘れていた申し訳なさを感じ、俊平は微妙な反応になってしまう。
「私も月・水・金なんですよ。一緒ですね~♪」
 それでも、そんなことを気にも留めないように笑顔を振りまいてくる奈緒子に、根負けして俊平は頬をほころばせる。
「時間も一緒?」
「はい!」
「そっかぁ。それは嬉しいな」
「私も嬉しいです~☆」
 俊平がにへらっと笑い返すと、奈緒子はVサインでそれに応えてくる。
 さすが中学生。リアクションが元気有り余っている。
「俊平さん、途中まで一緒に帰ってもいいですか? 来週、連絡先も交換させてください!」
「もちろん」
 奈緒子がお伺いを立てるように、俊平の顔を覗き込みながらそう言ってくるので、笑顔で応じる。
「連絡先交換、今日じゃなくていいの?」
 歩き出しながら尋ねると、奈緒子はブンブンと頷きを返してきた。
「うちの中学、スマホ持ち込み禁止なので」
「なるほど。さすが、お嬢様校」
「お嬢様校ってほどではないですけど……。割と厳しいんですよね、そういうとこ」
 悩ましげな表情で唇を尖らせるその様はやはり微笑ましい。
 病院の入り口の自動ドアを抜けて、外へ出ると、生ぬるい外の空気が肌に触れる。とても不快だ。
 けれど、そんなことを気にも留めないように、奈緒子が俊平を見上げながら尋ねてくる。
「俊平さん、受験生さんですよね?」
「うん、そうだよ。奈緒子ちゃんは?」
「大学までは一貫なので、このまま繰り上がりの子が多いですね。でも、せっかくなので、私は他の高校のことも調べてたりして」
「あー、なるほど。奈緒子ちゃんは成績良さそうだよね」
「え? そんなことはないです! 俊平さんは……」
 言いかけて取り繕いようがなかったのか、口ごもる奈緒子。
「成績悪そうって言葉飲み込んだっしょ? 今」
「い、いえ、そんなことは。体育とか音楽、すごそうですね!」
 ニコニコ笑顔でかわしていく中学生に、俊平はクツクツと笑い声を立てる。
 カツカツと杖の先がコンクリートを叩く音が慌ただしい。少し歩くスピードが速かったかなとスピードを落とした。
「そういえば、奈緒子ちゃん、ピアノの調子はどう?」
「え?」
 聞き取れなかったとは思えないが、聞き返すような奈緒子の素振り。
 聞いては不味かったかと少し間を置く。
 ずっとニコニコしていた奈緒子が、ほんの数瞬陰った表情を見せる。そして、取り繕うように笑みを浮かべた。
「まぁ、ぼちぼちですよ」
 歯切れが悪い。
「まだ、足治ってないので」
「調子、良くないの?」
「いいえ。経過は順調らしいんですけどね」
 そこまで言うと、すぐに話題を切り替えるように、奈緒子が視線を逸らした。
「そういえば、今週末、駅前に――」
 あまり話したくないことなのかと察して、俊平は奈緒子の話題に合わせるように相槌を打つ。
 奈緒子は2月に交通事故で左足を骨折して、俊平が手術で入院する前から小児外科に入院していた。俊平は2週間ほどの入院だったが、奈緒子はその後もしばらくは退院できないという話をしていた気がする。
 退院後、手いっぱいでお見舞いにも行ってあげられなかったことを、今更ながら申し訳なく感じたが、そんな俊平の心情をよそに、奈緒子はコロコロと表情を変えながら、楽しそうに話を続けていた。
 落ち着きがない。全く変わっていない。
 病院までの坂を下りながら話をしていたが、大通りに差し掛かって、車の通りが多くなってきた。
「へぇ、それじゃ、今度、お友達と行くの?」
 俊平が訊くが、隣に視線をやると奈緒子がおらず、彼女を探して振り返る。数歩手前で立ち止まっている奈緒子。
「奈緒子ちゃん?」
「え、あ……。そうだ! すみません、俊平さん。今日この後寄ろうと思っていたところがあって。今日はここで失礼します!」
「もうすぐ暗くなるし、寄ろうと思ってるところまでなら送ってくけど?」
「だ、大丈夫です! 来週、会えるの楽しみにしていますね♪」
 突然様子がおかしくなった奈緒子を怪訝に思いながらも、有無を言わさない調子で手を振ってくるので、仕方なく、俊平はそこで別れた。

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第1レース 第9組 ちょっぴりビターなソーダ水


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