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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-7

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第1レース 第6組 高校最後の行事

第1レース 第7組 空蝉陽炎

「♪~」
 水谷たちと別れて、俊平は鼻歌を口ずさみながら階段を下りていく。
 正直アイデア出しには協力できそうにないなと感じているが、ちょっとしたことだったとしても、自分が動き出したということが重要だった。いつまでも停滞して変わらないままなのか。そういう不安が確かに自分の中にあったから。陸上を諦めたわけではない。進学したその先で、自分はまたアホかという程、陸上に明け暮れると思う。それは間違いない。だからこそ、これは、今しかできないことなのだ。
 1階に到着して、そのまま昇降口へ。
 下駄箱に中履きをしまい、スポーツシューズを取り出した。つっかけながら、つま先を床でトントンしてしっかり履く。
 太陽が空でギラギラのんびりしていくこの時期だけに、17時30分を過ぎてもまだまだ明るい。
「軽くなら走りながら帰ってもいいかな」
 膝にお伺いを立てながら昇降口を出て、校庭を抜けていく。
「椎名先輩、そのへんの片付けは私がやっとくので!」
 近くにいた背の高い女子がそう言いながら、俊平の前を駆け抜けていく。陸上部のジャージ。マネージャーか。足を止めて視線で追うと、その先には3カ月以上口を利いていないその人がいた。
「でも、松川さん……」
「でもじゃないです。無理するとまた倒れますから」
「もー、大袈裟だなぁ」
「大袈裟じゃないです。部室の片づけをお願いします」
「はーい」
 やれやれとでも言いたげな声で返事をして、邑香(ゆうか)が松川に片付け途中だったものを預ける。
「ゆうかちゃん、今日暑いからあんまり無理しないでね」
「ケースケ君まで。ホント、みんな、あたしのことなんだと思ってるんだか……」
 軽口を返しているが、ちょっと語気が弱い。
 今年の夏は過ごしやすいほうだが、それでも、今日はいつもより気温も高いし、湿気もあった。
 以前どおりだったなら迷うことなく、迎えに行けたのに。躊躇してしまう自分がいる。
 2人に言われるまま、帽子を被り直してフラフラと部室棟に向かって歩き出す邑香。
 そこで目が合った。
 逸らすのもおかしい気がして、俊平は「よぉ」と口を動かし、右手を挙げる。邑香は邑香で、俊平のその対応に戸惑ったのか、一瞬目を逸らしたが、ひらひらと手だけ振って行ってしまった。
 あれは、割と調子が悪いのでは。それとも、気まずいからか。どっちだ。
 俊平はリュックから予備で持ってきていたペットボトルを出す。練習の邪魔にならないように陸上用グラウンドの端を歩き、1学年下の岸尾圭輔に声を掛ける。
「ケースケ」
 俊平に気が付いて、圭輔が嬉しそうに顔をほころばせた。
「あれ? 俊平先パイ、どうしたんですか?!」
「声でけー」
 小兵の割に、がっしりした体つきの少年がトタタと駆け寄ってくる。会わなかった間に随分筋肉がついたようだ。
「? 何をそんなに気にする必要が……」
「一応、オレ、もう部外者だから」
「そんなこと、誰も思ってないですよ」
 俊平の言葉に驚いたのか、すごい勢いで否定してくる。
「まぁ、それはいいや。お前に頼みがあるんだけど」
「なんですか?」
「これ、ユウに渡しといて」
 ケースケの胸元にペットボトルを押し付ける。押し付けられて戸惑うように目をぱちくりさせている。
「え、先パイが直接渡せばいいじゃないですか」
「いいから。まかしたぞ」
「……むしろ、今日は先パイにそのまま送って行ってもらいたいくらいなんですけど」
 空気を読まない自分以上に、空気を読まない男だったのをすっかり忘れていた。とはいえ、口で説明するのもなんだかやりにくい。
「今日の練習、ほぼほぼ終わりで、今クールダウンしてるところなんです。片付けも、ゆうかちゃんいない分くらいは、手分けしてやれるので」
 圭輔の後ろに先程の背の高い、姿勢のいい女子マネージャーもやってきた。見慣れないから1年生だろうか。
「椎名先輩のおうち、近いんでしたらお願いしたいです。今日は練習始めから具合悪そうだったので」
「……通り道、だけれども……」
 2人の後輩に見上げられて、さすがに断れる空気じゃなかった。

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 俊平が渡したドリンクを飲みながら、邑香は無言で隣を歩いている。
 部室の片づけをしている邑香に「帰るぞ。……送ってってくれって頼まれたから」と朴訥な感じで声を掛けて以降、ほとんど言葉を交わしていない。いつもどんなことを話していただろう。4カ月前まで当たり前だったことなのに、ブランクが空きすぎていて、脳がそれを思い出してくれない。横目で邑香を気に掛けながら、頭の中では唸り声を上げる。
 付き合っていた贔屓目を抜きにしても、椎名邑香はやっぱり綺麗な顔をしている。今は特に具合悪いのもあり、その無機質とも言える表情が彼女の綺麗さを更に増幅しているようにさえ感じる。夕日に照らされ、長い睫毛が彼女の瞳に大きな影を作る。
「……みんな大袈裟なんだよね……」
 ぽそっと吐き出すような声。横目で見やると、またグイッとドリンクを口に含んでいた。
 表情に覇気がないので、後輩ズの心配自体は間違いではなかったのだろう。
「お前、嫌いだもんな。こういう扱いされんの」
 視線は外してそう言い、手の甲で首筋ににじんできた汗を拭った。隣でゴクッとドリンクを飲み込む音がした。
「断ってくれてもよかったんだよ」
「できるかよ」
 仮にあの後倒れでもしたら、誰が送っていくのか。順当に行けば顧問だろうけれども、考えただけでもやっとする。
「よく、わかんないんだよなぁ……」
 また、ぽそっと聞こえるか聞こえないかくらいの声。視線をそちらにやると、またドリンクを飲んでいる。結構なペースだ。
 ここからあと15分くらいの距離ではあるが、少々心配なので、邑香の歩幅で歩きながら、自販機を探す。10メートルほど先に見慣れた赤い自販機が見えた。
「オレ、喉渇いたから買うけど、ユウも飲む?」
「……同じやつ」
「あいよ」
 ペットボトルをかざしながら言うので、ふっと笑いをこぼしながら返事をした。
 自販機まで小走りし、小銭を入れて、スポーツドリンクのボタンを2回押す。
 おつりを財布にしまったところで、ちょうど邑香が自販機の地点まで歩いてきた。
「ほら、もう1本」
「ありがと。まだ急に走っちゃだめだよ」
 飲み終わったペットボトルをゴミ箱に捨てて、俊平が差し出したペットボトルを受け取る。付け加えるように注意。
「小走りくらいなら大丈夫だよ」
「どうだか」
 すぐに栓を開けてまた飲む。
「帰ったら、ちゃんと体冷やして寝たほういいよ」
「最近調子よかったから、油断したなぁ」
「今年、割と過ごしやすい暑さだったからな」
 もう1本を差し出して、頬に当ててやろうとしたが、「その距離感大丈夫か?」の声が心の中で響いて、ぴたりと止まる手。それを不思議そうな目で邑香が見上げてくる。長い睫毛がすぐに覆いかぶさり、2人の視線は重ならなくなる。
「いこっか」
「あ、ああ」
 それきりまた無言。
 何か、言わないといけないことがあるのでは……?  でも、蒸し返すようなことなのか?
 自問自答を繰り返すだけで、言葉は泡になって消える。
「ありがと。ここでいいよ」
 その声で我に返ると、もう商店街の入り口だった。邑香の家は商店街の中ほどにある青果店だ。
「大した距離じゃないし、店の前までおく――」
「大した距離じゃないから大丈夫だよ」
 俊平の言葉に被せるように邑香は言い、複雑そうな表情で俯いていたが、最後は気を遣うようにニコッと笑った。
「バイバイ。ちゃんと、リハビリするんだよ」
「あ、ああ。そっちこそ、気をつけろよ?」
 邑香がささっと歩いて行ってしまったので、俊平はその背中を見送るだけ。
「おー、ゆうかちゃんおかえり。今日は早いんだね」
「うん、いつもより部活が終わるの早くて」
 ご近所さんに声を掛けられ、にこやかに返答して、ひらひらっと手を振りながら進んでゆく。
 さっきまでとは全然違う。
 その距離を作ってしまったのは誰でもない自分自身なのだが、その様子に複雑な感情が涌き出してくる。
 後ろ姿が小さくなるまで見送ってから、俊平は気持ちを切り替えるように息を吐いて歩き出した。

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第1レース 第8組 ステッキ・ラプソディー


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