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呪縛が解けていく、と同時に寄る辺がわからなくなる

ここのところの心の変化がめざましいのです。
グッタリと動けない日もあれば、突然思いついて出掛けたくなったり……。
こんな思いつきのような生活をしている割に、突然物事が動き出したり、素敵な出会いがあったり、何かの啓示ではないかと思えるような事があったら……。
「あれ?そうだったんだ!」
と多方面から自分自身で気付かされることが続いています。

先日の出来事など、まさに気づきの連続でした。
ある場所に行ってみようと前日に思い立ち、当日の朝は「やっぱり面倒だな」という気持ちもあり、直前まで出かけようか、やめようか迷って、結局「えいっ!」と重い腰を上げて出かけました。
電車が現地に近づくと同時に、どんどん空が暗くなり。雨雲レーダーを見ていたら、はじめは全く雨雲が無かったところに突然雷雲がわいてきて、何と私が降りる予定の駅が集中豪雨に!
当初の予定では直前の田舎駅で降りて、ダラダラと歩いて大きな駅に向かおうと思っていたのですが、最初に大きな駅で降りて駅前のスタバで雨が止むのを待つことにしました。
結局田舎駅から大きな駅に向かう予定を、逆ルートを辿ることになったのです。
ところがそのルートで無くては得られない出会いがたくさんあり、とても充実した1日になったのでした。

私が咄嗟に危険を察知したり、自分にベストな方法を察知したりする能力は、なかなかなものだと感心したのです。
そして何よりも動いてみると、いろいろな味方が現れてくることもわかりました。

ー 私は何もできない、迷惑な存在 ー

生育の過程で自然と植え付けられてしまった恐怖は、こういう体験を繰り返すことによって解消していくのだと実感しています。

そもそもなぜ、私が何もできないと思い込んでしまったのか?
それは、まだ見えている世界が狭く、中心に居るのが自分と家族だけという幼い時分に、その中心人物である親が、私のやること、言うことを否定し、「立派な大人になるには、お前の自然な振る舞いを矯正しなくてはいけないのだ」という暗示を与えたからです。
まだ人間が形作られる前に、絶対的な存在である親がそのような態度で接してきたら、子どもは受け入れるしかありません。
柔軟な殻が固まるまでに、そんな暗示を受け続ければ、固まる頃には『私はダメな人間』という信念が私という人間を作り上げてしまうのです。

具体的に何が悪かったのか、何を失敗したのか、そんな細かいところは覚えていられないけれど『私のやることは全てダメ』という信念だけはしっかりと残る。
だから何かをやろうとしても「どうせダメだから」と適当にやってしまったり、誰かと会う時も「どうせこの人も私をダメ人間と思っている」と適当に接してしまったりする。
私の捻くれた思いなど誰もわからないので、表面的には『いつも適当で、いつもつまらなそうな人』という印象が出来上がり、信念の通り『みんなからダメ人間と思われる状況』が出来上がってしまうのです。

植え付けられた自分像を全力で否定するように、自分に都合の良いことや有意義な出会いが、続いています。
私がダメ人間だという信念を与えたのは『親』、しかも『母親』個人の一存でしたが、
私が何かを行うと、喜ぶ人がいたり、邪魔する物は何も無いという信念に気づくために、あらゆる状況が証明してくれています。

そもそもこの世の中に、『居てはいけない人間』など居ないから、後者のような状況が生まれるのは当然のことなんですよね。
本当に存在できない状況になったら死ぬだけ。
もちろん、自ら命を絶つということではなく、あくまで受動的に死が待っているのです。
物理的にそれは自然なことなのです。
だから私は生きていて、生き抜く方法は自分だけがちゃんとわかっているわけです。
それこそが正しい信念なのでしょう。

だったら今後は自信を持って生きることができるのではないか?
事はそう簡単にはいきません。
私にダメ人間という信念を与えた『生育歴』や『親との関わり』は、その時間や空間そのものが、今の私という人間を築き上げる『骨子』になっているのです。
懐かしい故郷、子供の頃の思い出
そんなものは、今直接関わることが無いけれど、関わることが無いからこそ、心の寄る辺になっている。
親の振る舞いの思い出と、それらの思い出が分けて考えられないと、心の寄る辺まで失ってしまいそうで、何か虚しさが込み上げてくるのです。

改めて、自分を見守ってくれる親の眼差しと、故郷での優しい思い出を持っている人は、心から人生を謳歌できるんだろうなと感じます。

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