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森博嗣さん「少し変わった子あります」読書感想

この本は、大学教師の主人公が、後輩から勧められた変わった料理店に通いながら、物事について深く思考していく小説です。

その料理屋はだいぶ変わった店で、場所は行くたびに変わるのと、客はたった一人で訪れる決まりがあり、毎回違う若い女性が食事に相伴します。困惑しつつも女性たちと会話を続ける主人公の小山は、その料理屋をだんだんと気に入っていきます。

著者の森さんはミステリー作家として活躍されていた方で、今も多くのファンがいる作家のひとりですね。森さんは昔、小説を書きながら大学の教授も務めていたことがあり、そのときの経験から書かれた本なのだと思います。森さんは、緻密な論理展開が特徴のミステリーを多く書いており「ザ・理系ミステリー作家」のイメージが強いですが、今回は「少し変わった子あります」というちょっと違う小説について考えてみます。

この小説に出てくる店では、毎回違う女性が一緒に食事をするのですが、その中でも印象深かったのは「大学での教育や心の持ち方」について話しながら考える場面です。

ある日の夜、主人公の小山がその店に電話をかけると、タクシーに案内され、廃校のような場所に着きました。薄明りのある方へ行ってみると、店の女性に案内され、畳敷きの小部屋に通されました。

小学校の校舎という空間の巨大さと静寂さに驚きながら、入ってきた女性と話すうち、女性は先月まで大学の教員をやっていたことが分かりました。「同業者ですね」と小山が言い、辞めた理由を尋ねると「あまり具体的なことはお話できませんけれど、このままでは、自分が駄目になる、というありきたりな危機感からでした」という内容を話します。

人間関係も良好で、個人的な研究外のトラブルがあったわけではなかった女性でしたが、純粋に自分が思い描く姿ではないと感じ、大学を退職したと言います。そもそも、教師という職業が向いていないと感じたそうです。大学では、研究と教育の両方の能力が求められ、研究するかたわら後進のために指導を行います。世間ではそれが当たり前のように認識されていますが、例えばスポーツの世界で、コーチをしているのは選手を引退した人たちです。第一線で活躍する選手は、誰かの指導をしている暇はない、なぜなら、教育とは後ろを振り返らなければできないし、研究は前を向かなければできないから、と女性は話します。

教育は「前に得た知見などを誰かに伝えていくこと」であり、過去を振り返ることで、研究は「誰も知らない新しい知識を得ていくこと」であり、未来に向かっていくこと、という意味なのだと感じました。

ただそのあと小山は「常に前進したいと彼女は言ったが、結局人間は止まることはない、少なくとも生きているうちは戻ることも、繰り返すこともない。」と考えます。また、「常に前進したいと言っても、何を基準にして前進というのか、また後退というのか」という疑問も書いています。ミステリー作家の方らしい精密さのある論理だと思いました。

森さんの本は他にも図書館にあるので、また借りて読んでみたいと思います。








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