絲山秋子さん『ベル・エポック』読書感想
この話は、荷造りの間で交わされる友達どうしのやり取りの中で、心理の微妙な揺れ動きを描いた作品です。
ネタバレ含みつつこの『ベル・エポック』について考えてみます。
絲山さんは、微妙な友情の心理を描くのがうまい作家さんのひとりで、この本もセリフから細かな心情がうかがえる作品です。
主人公の女性とみちかは、東京の英会話スクールで出会い仲良くなった友達どうしで、この小説では、みちかが引っ越すため主人公が荷造りを手伝う場面を描いていっています。みちかは半年ほど前に婚約者を病気で亡くし、実家である三重に引っ越すことにしたのでした。
荷造りの最中に二人は「ベル・エポック」という店で買ってきたババロアを食べます。「ベル・エポック」というのは本来「古き良き時代」という意味であり、みちかの故郷に対する思いにひっかけ、そういう店名を設定したのだと思います。
みちかの婚約者は、少年野球のコーチをしていた明るく快活な人で、34歳という若さで亡くなってしまいました。婚約者の母親は、葬式で大きな声で泣いていたそうですが、みちかは遠い親戚のような顔で座っているだけでした。
みちかは荷造りの最中「泣くんだよ」と唐突に言います。「夜、寝る前になると (亡くなった婚約者が) 泣いている」そうなのです。主人公はなんと言っていいのか分からず「生きているときは本当に泣いたりした?」と尋ねると「すっごい泣き虫だよ。映画とか見て」と主人公に話します。主人公は、少年野球のチームが優勝したときにしか泣かなそうなみちかの婚約者を思い出し、意外な思いがしました。
みちかや周りの人が泣いたシーンを細かく描くのではなく、婚約者自身が泣いていたことを思い出す場面を入れることで、物語に意外さを入れ奥行を出している感触がしました。「映画や本を見て泣く、喧嘩をしても泣く」などの描写を入れることで婚約者の人柄をイメージさせ、読者がみちかに感情移入するように描写しているのだと推測されます。
例えばこういった小説だと「婚約者が亡くなる間際に、泣きながらみちかに別れを言ったシーン」などの直接的なエピソードが出てくるものもありますが、この小説ではそうではなく「婚約者が映画を見ながら泣いていたのを見た話」が出てきます。それは、彼が泣いているのを読者にイメージさせることで、間接的に「彼がみちかに対して抱いていた愛情」を想起させる効果をねらっているのだと思います。
例えばそういった「婚約者が亡くなる間際に、泣いてみちかに別れを言ったこと」などの愛情を示す直接的なエピソードがもし入った場合、この小説内では挿入としては強すぎそこだけ浮いてしまうため、間接的な書き方をしているのだと思いました。
主人公が「三重ってどんなとこなの」と聞くと、みちかが「三重ってとこはないのよ。三重は街によって全然違う」といったセリフもあり、主人公に対しみちかがどことなく心が離れているのを感じられます。東京の人間の考え方より、自分の田舎の考えを強く持っている印象も見受けられます。
セリフにおいて「何をどう言うか」の細かな言い回しにより、友達どうしの心の距離や繊細な心情が感じられる作品でした。
今回は教科書に載っていた文章について書いてみましたが、絲山さんの作品は確か図書館にたくさんあったので、また読んでみたいと思います。
ありがとうございました。