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遥かなる星の国 vol.23 〜半世紀前のシンガポールに住んでいた〜 ⭐︎記憶の断片編

45年前、父親の仕事の都合でシンガポールに3年の間住んでいた。

 まだ今ほど一般人が海外に住むことが当たり前ではない時代、非常に貴重な経験をさせてもらったと思う。

 残念なのは、当時の私にはその貴重さがもうひとつ分かっていなかったこと。
 中学生だった私は、その時期にありがちな些末な(でも、たぶんその頃の私には大事な)あれこれに気を取られていて、自分の今いる場所で見られる、或いは聞けるものをかなり見逃してしまった。
 おまけに年月が過ぎて、わずかに覚えていたことも記憶が薄れつつある。

 このnoteという場所に、ポツポツとでも拙い思い出話を書き連ねる機会を得たことはとても嬉しいことだった

 まとまって思い出せる事柄はほぼ書いてしまった。
 あと、残るのは風景や音などの記憶の断片ばかりだ。


爆音と共に空を飛ぶ軍用機

 シンガポールは淡路島くらいの大きさの国だが(だから、かもしれないが)軍備に力を入れているらしい。
 成人男子には2年の兵役があり、国家予算のかなりの割合を軍事費に割いているそうだ。
 
 45年前の私はそんなことは知るよしもない。
 ただ、週に2〜3回くらいだろうか、訓練なのか、私たちが住んでいた工業地域郊外の住宅地の上空を軍用機が飛ぶことがあった。
 なかなかの低空飛行で凄まじい爆音が響く。話し声が聞こえなくなり、ガラスがビリビリ震えた。
 父が言うのには、模擬弾を抱えているのが見えた(らしい)。
 バスやタクシーと同じように、欧米の中古品だったりしないよな、などとちらっと考えた。

 詳しいことは分からないが、わりと近くに軍事基地的なものがあったのかもしれない。


サーチライトと金網フェンス

 私たちが住んでいた住宅地から少し離れたところにちょっとした商業施設があり、週末の夜に家族でよく外食に出かけた。
 そこからときどき、タクシーやバスに乗らずに大通りの舗道を歩いて帰ることがあった。

 帰路途中に金網フェンスで囲まれた大きな敷地があった。
 フェンスの内側、広い芝生の向こうには大きな建物が見える。

 芝生にはところどころ、海水浴場の見張り台とか、火の見櫓みたいな塔が建っていた。

 夜なのに何でそんなによく見えるかというと、あちこちに大きなサーチライトがあってゆっくり回転しながら広い芝生を隈なく照らしていたからだ。

 ルパン三世が盗みに入る、国営カジノを想像していただけるとぴったりだと思う。

 父によると、ここはカジノではなく、造幣局だと言うことだった。
 なるほど。だから何か物々しいのだなと思いつつ、見るとフェンスに金属板の表示が貼ってある。
 フェンスによじ登っている人間と、それを少し離れて銃で狙撃している人間の絵がシルエットだけで描いてあった。
 侵入者は問答無用で撃つ、と言う警告か。
 見上げると見張り台に人影が見え、慌ててフェンスから離れた。


旗を持った添乗員と日本人観光客

 45年前の日本は、海外ツアー旅行が盛んになり始めた頃だったのだろうか。
 私が滞在しているときも、市街地の免税品店通りやホテルのロビーなどで、〇〇ツーリングと書かれた旗を掲げた添乗員に先導された日本人観光客の団体をよく見かけた。

 肩や胸にツアー客の目印だろうか、水色のリボンをはためかせ、はち切れんばかりに膨らんだ免税店の紙袋を各々両手に下げている。
 仲間同士で大きな声で話をしたりゲラゲラと何か笑い合ったりしながら、通路一杯に広がってぞろぞろと歩いていく、大半が年輩者の、この集団が当時の私は苦手だった。 

 今から考えれば、初めて(たぶん)の海外旅行、はしゃぐのも当たり前。親戚や知り合いにあれもこれもお土産を買って帰りたい。そう思うのも当たり前。

 だが、当時そこで暮らしていた中学生には、そういう日本人観光客が現地の人たちからどう見えるか、それが気になった。
 終戦後わずか30年、経済大国になった(と思われている)日本から大挙してやってきた日本人たちが札びら切って傍若無人。
 まあ、簡単に言えばそんなふうに見えていないか心配だったのだろう。

 そのせいだろうか、近年、諸外国から来た観光客で観光地やショッピングセンターが溢れ、その爆買いぶりやマナーの悪さが取り沙汰されたりしていたが、私の頭には45年前のシンガポールで見たシーンが思い出され、「歴史は繰り返す」という言葉が浮かんだものだ。


五色のかき氷

 シンガポールの屋台でかき氷を売っているのを一度ならず見たことがある。

 ある日、欧米人らしき女性観光客が買っているのを屋台の近くで見ていた。

 マレー人のおじさんは新聞紙をクルクルと巻いてコーン型にして、そこに機械でシャカシャカと削った氷を入れた。
 (えっ、新聞紙? 直に?)
 
 お客さんに何か尋ね、おじさんはその返事にうなずいて、シロップを小さなお玉でかき氷の上からかけ始めた。
 お客さんに聞いたのはどのシロップをかけるか、だったのだろう。
 シロップは全部で5色。赤、青、緑、黄、紫。
 お客さんは、全部、と言ったらしい。
 (えっ、全部?)

 おじさんは氷の上から順番にシロップを放射状にかけていき、氷のてっぺん部分はシロップが混ざってしまっていた。
 シロップはどれも毒々しいと言ってもいいほどに鮮やかな色だったので、混ざった部分はみるみる何とも形容し難いすごい色になっていった。
 (うわー)

 お金を払って氷を受け取ったお客さんが去ると、おじさんは立っている私を見て首を傾げ、にっこり笑って手招きした。

 私もにっこり笑って手と首を振り、黙ってその場を離れた。

 あの氷を食べた人のお腹は大丈夫だったのだろうかと、後で少し心配になった。
         

       (続く)

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