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『クリスとみちる』 1話:プロローグ



 みちるは、いま七歳と三ヵ月。


 満月の夜に生まれたからついた名前を

「女の子みたいで好きじゃない」とお母さんに時々文句をいう。


 でも本当はそれほど嫌いじゃない。

 実はけっこう気に入っていたりする。


 みちるはしんちゃんの描く悪人顔のトーマスが大好きだ。

 天才だと繰り返しながら、

 腹をかかえて大笑いするのが好きだった。

 いいコンビね、と先生たちや二人のお母さんも笑ってた。


 同じ小学校に通いだしてからも

 クラスは隣同士で、

 しょっちゅう行き来していたし登下校も一緒。

 

 寄り道ばかりで家で怒られていたけど、

 お互い全然気にならなかった。

 二人でいるといろんなことがあっという間だった。


 だから小学二年生になってすぐ、

 しんちゃんのお父さんが転勤で

 アメリカに引っ越すことになったことは、相当な事件だったと思う。


 でも正直、みちるはピンとこなかった。

 しんちゃんは、もっとピンときていないようだった。

 とりあえず、今までと少し変わることだけはわかった。


 なんとなくみんなで集まり、

 豪華なケーキや唐揚げを食べ、

 みちるはお母さんと選んだサッカーボールを

 なんとなくプレゼントし、

 なんとなく、

 でも元気よく、しんちゃんはお別れの挨拶をした。


 そうしてアメリカに旅立っていった。

 みちるはお母さんと一緒に、家の前で遠ざかる車を見送った。


 みちるに異変が起きたのはその翌日、月曜の朝だった。


 七時三十分を過ぎ、四十五分になっても起きてこない。


 おかしい。


 お父さんを見送り、ひと息ついたお母さんは、みちるの部屋へ向かった。


「みちる~、もう八時よ」


 ベッドでみちるが眠っていた。すうすうと寝息をたてて。


「みちる、起きなさい!」

 反応がない。


「みちる! みちる! どうしたの?」

 

 体をゆさぶっても、頭をゆすっても起きない。

 おかしい。


 一瞬、最悪の想像がよぎり、

 お母さんはみちるを 強く強く抱きしめた。

 ・・・よかった、息してる。


 でも変だ。

 どんなに刺激を与えても目覚めない。

 首もだらんとなっている。


 一瞬考えたお母さんは、

 みちるをそのままブランケットにくるみ、

 抱きかかえて部屋を飛び出した。


 そして、タクシーを呼んで、かかりつけの病院へ駆け込んだ。


 それがはじまり。


〜続く

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