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絵本 de 朔太郎『貸家札』

作画:茜町春彦
原作:萩原朔太郎


熱帯地方の砂漠の中で、一疋の獅子が昼寝をして居た.


肢体をできるだけ長く延ばして、さもだるそうに疲れきって.すべての猛獣の習性として、胃の中の餌物が完全に消化するまで、おそらく彼はそのポーズで永遠に眠りつづけて居るのだろう.


赤道直下の白昼.風もなく音もない.万象の死に絶えた沈黙の時.


その時、不意に獅子が眠りから目をさました.


そして耳をそば立て、起き上がり、緊張した目付をして、用心深く、機敏に襲撃の姿勢をとった.


どこかの遠い地平の影に、彼は餌物を見つけたのだ.空気が動き、万象の沈黙が破れた.


一人の旅行者 ――― ヘルメット帽を被り、白い洋服をきた人間が、この光景を何所かで見て居た.


彼は一言の口も利かず、黙って砂丘の上に生えてる、椰子の木の方へ歩いて行った.


その椰子の木には、ずっと前から、長い時間の風雨に曝され、一枚の古い木札が釘づけてあった.(貸家あり.瓦斯、水道付.日当りヨシ.)


ヘルメットを被った男は、黙ってその木札をはがし、ポケットに入れ、すたすたと歩きながら、地平線の方へ消えてしまった.
〈了〉

萩原朔太郎:20世紀前半に活躍した前衛詩人です.1942年没.(著作権消滅)
参考文献:猫町 他十七篇(2014年7月15日第20刷発行 萩原朔太郎作 清岡卓行編 岩波文庫)
使用画材:ArtRage 3 Studio Pro(アンビエント社)Photoshop Elements 10(アドビシステムズ株式会社)
初出:パブー(2015年3月10日)
パブー投稿作品を修正して移植しました.

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