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映画『ルボ』ネタバレ感想/家族と引き離された男の悲劇

2023年制作
原題:Lubo(イタリア、スイス)
監督:ジョルジョ・ディリッティ
キャスト:フランツ・ロゴフスキ、クリストフ・セルメ、ヴァレンティーナ・ベッレ
第80回 ベネチア国際映画祭(2023年)コンペティション出品作
イタリア映画祭2024上映作品

第二次世界大戦下のスイス。ナチスドイツに加担した政府、市民の様子を描く映画が増えてきている中、本作はルボの半生を通してスイス政府がイェニッシュ(Yenish)に対し、“行政保護法”に基づき親の元から子供を引き離したと言う現実を浮き彫りにしていく。イェニッシュとは、ヨーロッパの移動型民族である。

“行政保護法”とは、1972年までの46年間、アルコール依存症や貧困から救い、良い環境で育てるという建前で合法的にイェニッシュの子供を親元から誘拐し、施設に入れる。施設を運営する慈善団体によって養子縁組に出される。しかし、その実態は子供を労働力として劣悪な環境に追いやる子供の奴隷化であった。性虐待など虐待を受けるものや、断種の手術をされたものも。スイス政府は後に国の責任を認め、謝罪し賠償の方向に動いているという。

ナチスドイツがユダヤ人を迫害したことは多くの人が知っていることだが、ナチスドイツが迫害したのはユダヤ人だけではなかった。イェニッシュや、ロマと呼ばれる人々や有色人種に対しても迫害を行なっていた。実話をもとに描いた映画『16歳、戦火の恋』では、アフリカ系アメリカ人の父とドイツ人の母を持つ少女を主人公にナチスドイツの迫害を描いていた。

また、ゲルハルト・リヒターをモデルに描いた映画『ある画家の数奇な運命』では、主人公の叔母が精神病院に連れて行かれ、不妊手術を拒否したため収容所に送られ、命を落としたことが描かれていた。そのような迫害を行なっていたのは、ナチスドイツだけではなかったと、スイスの行政保護法及び、その実態を知らなかった私は『ルボ』を見て驚いた。


長くなったが、『ルボ』の話に戻ろう。

大道芸人として生計を立て、各地を回っていたルボとその家族。ある日、検問で身分証を見せるとルボに兵役の召集がかかっているという。時は1939年、ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まった年である。

スイスは、1815年に中立を宣言し、国際的にも中立国として認められていたが、ドイツ、そしてファシズムが台頭しているイタリアとも国境を接している。そのため即座に兵を招集し、国境線の警備を強化したのである。

国境の警備にあたっていたルボは、従兄弟から子供が憲兵に連れ去られたこと、抵抗した妻が暴行され亡くなったことを知らされる。そして、偽装パスポートで国外逃亡する従兄弟について行かず、子供たちを探し出すことを決意する。

そんな時ルボが利用したのが、国境付近で出会った貿易商のユダヤ人である。彼に協力する素振りを見せ、人気のないところで殺害し、服をすり替える。更に、自分が死んだと見せかけるため首を切り落とす。しかし、ルボは気づいていなかった、殺したユダヤ人は割礼をしていたのだ。

死体を調べた軍は、割礼に気づき死んだのはルボではないことがバレてしまうが、ルボはそのことを知らない。イェニッシュの人々から情報を集め、誘拐した子供たちが行く施設を運営している財団を見つけ出す。そこから貿易商になりすまし、裕福な人々に取り入って子供の行方を探す。

イェニッシュの女性の占いで沢山の女性と関係を持つことになることを仄めかされたルボ。財団を運営していた夫に先立たれた未亡人と、銀行員の妻に取り入り、それぞれ関係を持つように。大道芸人であったルボが突如ジゴロのようになるのは、人物像がぶれているような気がしなくもない。

しかし、正体がバレぬように切り抜けながら取り入って行く様は、『太陽がいっぱい』のようなスリル感があってなかなか面白い。施設にいる子供の情報を得るために未亡人を利用するのは理解できるが、銀行員の妻と関係を持つようになるのはどこか釈然としない。そんな彼女との関係を描いたのは、彼女が妊娠することが必要だったのかもしれないと感じた。

妊娠したのがルボとの間の子であるとは明言されていないが、意味ありげな描き方をしていた。ルボとの子を妊娠したということは、子供を奪われたイェニッシュたちの血を残すということで一種の復讐をしているのではないか。これは、推測に過ぎないけども。

結果的に、ルボは自分の子供を見つけることはできなかった。しかし、物語はここでは終わらず、次の章に。4年の月日が経ち、第二次世界大戦が終結したイタリアに場面が移り変わる。


ルボは、ホテルでメイドとして働くマルガリータと共になろうと考えていた。マルガリータには、一人息子のアントニオがいた。彼女は戦争によって夫、もしくは婚約者を失ったのかもしれない。戦後、彼女のような寡婦は多くいたであろう。

貿易商として財をなしたルボは、妊娠したマルガリータとアントニオと共に住むためにイタリアに家を買う。やっと手にした幸せも呆気なく奪われてしまう。戦時中に財産を預けたユダヤ人の遺族らによって訴えられたルボは、窃盗などの容疑で逮捕されたのである。検察にはかつて軍でルボの上司だった人物もいた。

幼いアントニオは、母と自分を騙したとルボを恨み、ルボが出した手紙を母・マルガリータに渡さずに燃やしてしまう。再び家族と引き裂かれてしまったルボ。出所後、家族の元を訪れた時にはもうマルガリータはこの世を去っていた。アントニオとの溝は埋めようもなく、ルボとマルガリータの間に生まれた息子はルボの存在すら知らない。

ルボは誘拐されたイェニッシュの子供らに関して自分が集めた資料をかつての上司に託す。上司は良心に従って公表しようとするも、相手にする人はいない。イェニッシュ側が子供をまともに養育できる環境ではなかったと誘拐の正当性を主張する。

シングルマザーのマルガリータに手を差し伸べ、アントニオとルボの息子の養父となった存在がまさにその財団の人間であり、彼は幼い少年の裸の写真を撮っていた。悍ましい現実、そして全てを奪われ1人、監獄の中で大道芸人の父に教わったアコーディオンを弾くルボの痛ましさ。今もなお明らかになっていないことは多くあるのだろうが、自国の負の歴史を描き出し、何も知らない私が知ることが出来るのは必要なことであろう。

映画自体は、やや助長な気もしなくはないが、個人的に時代に翻弄されながらも生き抜く人間の重厚なドラマが好きなので見応えのある一作であった。また、イェニッシュやロマといった欧州圏の移動民族に対する迫害の歴史は根深く、現代にも続いている問題である。その問題について、今後も知っていきたい。

以下参考までに。



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