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学びのトンネルに灯りを 05

トンネル点検のおさらい

 前回は「現代の国語(現代文B)」の授業展開を例に、学習者の#クラヤミを#ヤミクモに進まないようにするための工夫、言わば、あかりの灯し方を説明しました。それは「読解の全体システムとサブシステム」を提示してデフォルト化し、常に一定のワードで説明する(#ハッシュタグ化)ことで見方・考え方を内化するというものでした。文章を読解する際に学習者がこれを活用して視界を開き、自力で暗闇の混沌を秩序立てて理解する。時に周囲の助けも借りながら、解像度を高めていく。このダイナミックな生成プロセスが「主体的・対話的で深い学び」であり、「現代の国語」という授業空間であるというお話をしました。今回は、ある授業の一例を紹介し、実際にどんな#クラヤミがあるのか、私自身、思いも寄らないところに#クラヤミがあった経験を紹介し、考察したいと思います。

因果も、具体も抽象も、

 生徒が、いま読んだ文章・話した内容の因果関係も、具体例とそれを端的にまとめた部分とのつながりも、本当は何も理解していないとしたら…。もしかしたらただの断片的な読み捨て、聞きかじりだったのかもしれない……。そう気づかされた授業がありました。それは、ごく一般的な評論文・論理的な文章教材を扱う授業ではなく、新聞記事と簡単な図表を読んで問いに答えさせるという試みの中ででした。少し古い記事ですが、とにかくまず、その混沌・#クラヤミを覗き込んでみましょう。

資料1 
急増する外国人観光客が日本屈指の観光都市・京都に押し寄せ、住民の日常生活に思わぬ影響が出始めている。バスは満員、違法民泊も増え、「もはや限界」「観光公害」という声が出るほどだ。その陰で人口が減り、行く末を憂える地区もある。国が進める「観光立国」に死角はないか。

 石畳に白川のせせらぎが響く祇園新橋地区。京町家が並ぶこの観光スポットで今春、地元住民らが大きな決断をした。27年前から続けられてきた夜桜のライトアップを中止したのだ。
「花見客が多すぎ、人集めをし続けることに不安を感じた。地元では受けきれないと考えた。」ライトアップ実行委員会代表のAさん(70)は言う。
 最近は、婚礼向け前撮り写真にも頭を痛めている。京情緒豊かな風景を「売り」にしたビジネスが広がり、業者が海外からも続々とカップルを連れてくるからだ。着飾った男女が列をなす日も。玄関先での撮影を注意してトラブルになったこともあるという。
 地元で美化運動を続けるBさん(48)は「努力して守ってきた景観を、リスペクトもないまま消費され、負担だけ押しつけられている」と漏らす。Aさんは「観光が育ち過ぎ、昔の風情もなくなった。中止には『このままでいいんですか』と市に問いかける意味もあった」と話す。
 京都市を南北に走る東大路通り。夕方、清水道を下りた所のバス停付近には数十人の観光客らが狭い歩道に密集し、歩行者は通れない状況になっていた。多くが外国人で、スーツケースを転がしている人もいる。
 バスが満員で、通過するのは日常茶飯事。いつか事故が起きそうで怖い」と地元のCさん(68)。「このところの人の数は尋常ではない。キャパ(限度)を超えている感じがする」
 高台寺や三十三間堂を抱える京都市東山区。人波でごった返す観光地の悩みは人口減少だ。4万人を割り、ピーク時の半分ほど。高齢化が背景にあり、空き家も増え続けている。そこに広がるのが違法民泊だ。
 八坂の塔の近くで細い路地に入ると、4軒並ぶ町家のうち2軒は民泊になっていた。もう1軒も民泊に改築中で、残る1軒は表札がない。近くの男性(64)は「古い人が亡くなり、街の雰囲気が変わった。ただ、民泊街になっても寂れるよりはいい」とあきらめ顔だ。
 ネットの紹介サイトに登録されている市内の民泊は約5千。15年の市の調査では9割が違法だった。市が昨夏、民泊の通報窓口を設けたところ、「うるさくて眠れない」「誰がやっているのかわからず不安」などの苦情が今春までに1千件余り寄せられた。「民泊の急増が人口減に拍車をかけないか」と恐れる住民も少なくない。
 京都の観光政策を担う担当部長は「この2年で外国人観光客があまりにも急激に増え、うまく対応できずにひずみが出た。その原因が違法民泊だ」と指摘する。本来ならば宿泊施設数でコントロールできる観光行政が、違法民泊の急拡大で十分に対応できていないという。「観光は数より質の時代。市は富裕層を狙っている。多くの市民が困っている違法民泊と市バスの問題は早急に対応したい」

出典:朝日新聞2017年6月14日付夕刊(一部改変)

 資料2

出所:京都市情報館「許可施設数(簡易宿所の推移」に基づき作成。

設問)資料1および資料2のグラフに基づいて、「京都において、外国人観光客によって起こっている現象」を考察します。空欄を補って、下の因果関係図を完成させなさい。【因果関係をとらえる】

  1. 京都を訪れる外国人観光客が急増する

  2. (                   )

  3. (                   )

  4. (                   )

  5. (                   )

  6. 京都市内の住民の日常生活に支障が出ている


このように、ことの発端となった現象(原因)「外国人観光客の急増」をスタートとし、2017年当時問題となっていた現象(結果)「住民の日常生活に支障が出る」をゴールとしてあらかじめ示しています。しかし「外国人観光客が増えたから住民の生活に支障が出た」ではあまりに疎略なので、その因果関係のつながりを新聞記事・グラフを参考につないでいくという設問で、いわゆる「風が吹けば桶屋が儲かる」の飛躍をうめる問題です。模範解答としては、

  1. 京都を訪れる外国人観光客が急増する

  2. 簡易宿所の許可施設数増でもまかないきれなくなる

  3. 空き家となっていた多くの町屋が次々と違法民泊となる

  4. 観光行政が事態をうまくコントロールできなくなる

  5. 住民の日常の生活圏内に外国人観光客が入り込むようになる

  6. 京都市内の住民の日常生活に支障が出ている

しかし生徒の多くは、「4」「5」にあたる部分の、

「この2年で外国人観光客があまりにも急激に増え、うまく対応できずにひずみが出た。その原因が違法民泊だ」と指摘する。本来ならば宿泊施設数でコントロールできる観光行政が、違法民泊の急拡大で十分に対応できていないという。

この部分を見落としていました。「外国人観光客の急増」➡「違法民泊の急拡大」➡「観光行政がうまく対応できない」➡「ひずみが出る」という因果関係が読めていないし、本来「ひずみ」が「バスの満員」「歩道が通れない」「騒音がひどくて眠れない」などの「住民の日常生活に支障が出ること」を指しているはずなのに、具体と抽象の関係が理解できず、別々の内容だと認識していることが分かりました。典型的な解答は次のようなものです。

  1. 京都を訪れる外国人観光客が急増する

  2. ****(埋められない)****

  3. 空き家となっていた多くの町屋が次々と違法民泊となる

  4. バスが満員になったり、観光客が密集して歩道が通れなくなったりする

  5. 多くの市民が困っている

  6. 京都市内の住民の日常生活に支障が出ている

文章や資料を精確に理解するためには、「因果関係の展開」「具体と抽象の関係」「共通性の抽出・一般化」といった思考回路を前提として持っている必要があります。しかし、その部分が意識できておらず、未発達なために、誤読や読み飛ばしが生じてしまうのです。ですから、こうした読解の基盤となる「見方・考え方」自体を明示的・目的的に指導する必要があるわけです。こうした比較的内容がつかみやすい新聞記事でさえ、因果関係の把握や具体例の一般化・抽象化ができないわけですから、哲学的な論説文などお手上げであることは容易に察しがつきます。

「現代の国語」で「見方・考え方」を鍛える

 この事例からも分かる通り、自分の躓きの原因がたとえば「共通性の一般化ができないこと」「因果の繋がりをたどれないこと」だと気づかせることが学びのスタートでなければならないと思います。そうしなければ、いくら時間をかけても「読んだつもりが読めていない」という#クラヤミからは抜け出せません。したがって授業のアプローチも、教材タイトル=コンテンツが前面に出るのではなく、「因果関係をとらえる」などのように、コンピテンシーや見方・考え方を授業の「ねらい」として打ち出されるようにデザインする必要があるわけです。こうしたアプローチを続けることで、文章をただ漫然と読み流すことが無くなり、意識的に「読み込む」態度が着実についていきます。
 授業者として、すでに生徒は「見方・考え方」を持っていると自明視してスルーすることが、失敗の原因です。そこで、この「見方・考え方」という暗闇のトンネルに光をあてる科目、それが「現代の国語」なのではないでしょうか。「コンピテンシーの自明視とコンテンツ重視」から「コンテンツを手段としたコンピテンシーの可視化」へ。生徒の読解力を向上させるためには、こういった結論が導かれるようです。次回は、「振り返りによる意識化」を取りあげたいと思います。(06に続く)




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