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話題の映画【ショートショート】【#37】

「人が生きてることに意味なんてないよ」

ぶっきらぼうに言い放った彼は、こちらの反応を伺っているようだ。そして二の句がつげない私には伝わらなかったと判断したのか、言葉を続けた。

「まったくない、というわけじゃないけれど、人間の存在それ自体に意味があるわけがないってこと。カビが繁殖するのを見て、『このカビがここに生えていることには崇高な意義があるんだ』って思ったりしないでしょ?それと同じだよ。数が増えて、多少知恵がついただけで、人間なんて地球にはびこってるカビと変わりないよ」

話しながら彼は左手で眼鏡を外し、しげしげとレンズを眺める。ついたホコリが気になったのだろう。鞄から眼鏡ふきを取り出して眼鏡をふき始めた。

「わかった。死んだ方がましってことよね。いいもう私、死ぬから。どうせどこまでいっても辛いばっかりなんだから、今すぐにでも死んでやるから」

「一応言っておくと、存在にまったく意味がないわけじゃない。君が存在するだけで、ごはんも食べるし呼吸もする。何かとモノが消費されるわけで、そういう意味では、存在しているだけで経済を回していると言ってもいい。ただ存在するだけでも君には価値がある」

「……それ、フォローしたつもりなの?」

「まさか。ただ僕は、君の『私なんて存在する意味あるのかな?』という疑問に解答を提示しただけさ。その答えは『ない』ってこと。僕に言わせれば、自分がそこにいるだけで価値が生まれるなんておこがましい話だと思ってるよ」

眼鏡をふく手が止まる。ひと呼吸おいて彼は続けた。

「君は、好きなドラマはある?今、見ているもので」

「なによ、急に。……まあそうね、金曜の9時からやってるドラマなんかは、そこそこ楽しみにしてるけど。……それがなんなの?」

彼はやっと眼鏡から目を放し、まっすぐにこちらを見つめてきた。

「じゃあ、君には来週まで生きる意味がある」

「……は?なに言ってんの?」

「存在自体には意味がない。だからこそ少しでも前向きな動機を持つべきだし、そうでなければ生きる意味はない。逆に言えば、それはどんなものでも先に楽しみなものがあれば生きる意味になりえる。ドラマを楽しみにする限り、君には生きる意味がある。内容は何でもいいし、どんな小さなことでいい。ただ楽しみなことがあるから生きる。それ以上でもそれ以下でもないんだよ、人間って」

彼は今度は右手で眼鏡を掛けた。もしかしたら、いつも同じ手順で眼鏡をふくのだろうか。気分も沈んで、ポロリともらしたグチにこんなたいそうな反論が返ってくるとはまったく思っていなかった。おかげで、どこか拍子抜けしてしまった感があった。

「ところで……」

「まだあるの?なに?」

「ここに、今、話題の映画のチケットが2枚ある。世間の反応を見る限りはいい映画なのだと思う。これも……君の、週末まで生きる意味のひとつに加えてくれないだろうか?」


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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)