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『今日マチ子』さんと不自由さの可能性

無人島に一冊持って行くなら、どの本を持って行きますか?

私は、『今日マチ子』さんの『センネン画報』という漫画を持って行きます。漫画でありながら、「説明しない」こと武器にした稀有で繊細、そして情熱的な漫画です。

そんな『センネン画報』は、今までの私の人生で一番好きな漫画でもあります。

(アマゾンリンクは10周年のときに出た「+10 years」の方)

ただ、小説は「一冊だけ」というのが選べなかっただけ、という方が正しい気がしますけどね。
それに、いざ「一冊だけ」などと言われてしまうと京極先生でも持って行った方が、読み応えがあるんじゃないか?なんて邪なことを思ったりもすると思いますが(笑

先ほど書いたように、『センネン画報』という漫画は、ここ20年くらいで私の中のぶっちぎり1位なんですよ。コレを超える漫画には今のところ出会ったことがありません。

書店で初めて見たときのことは、今でもまだ鮮明に覚えています。センネン画報の帯を森見登美彦さんが書いていました

「こんなにどきどきするのはなにゆえか!」と。……ああコレです。

まさにコレ。

『こんなにどきどきするのはなにゆえか!』

この感想に尽きます。

『センネン画報』という漫画は、今日マチ子さんが、自身のサイト「今日マチ子のセンネン画報」にアップしていた1ページ漫画。それをまとめたものになります。

そのため、今でもサイトでも読むことができます。

例えばこの「怖い夢をみた」と題された作品。

そこは水の中。そして、浮かぶ白い枕。
女の子が、その枕をぎゅっと抱きしめる。彼女はきっと怖い夢を見たのだ。その恐怖から逃れるために、枕をぎゅっと抱きしめ、怖い夢が去っていくのをじっと我慢している。
すると、急に上手から男子高校生と思しき手が現れ、枕を取り去ってゆく。すがるものが無くなった彼女は一人流される。彼女にあるのは驚きや不安だろうか。自暴自棄に駆られて自ら枕を放したのかもしれない。彼女はいったいどうなってしまうのか。
どんどん画面に入り込んでくる手の持ち主。彼女に向かっているのは間違いないだろう。枕を取り去った彼の目的は何?彼の正体は?その関係性は?
そんな近づいた彼を、彼女は抱きしめる。目をつむったまま抱きしめる。枕などではなく、もともと彼を求めていたかのように。そこに安らぎがあることを知っていたかのように。
そしてきっと彼も、彼女に抱きしめられるためにやってきたのだ。

そんなナレーションは、私が勝手に考えたもので、見ればわかるように1ページしかない。つまり「わからないことが圧倒的に多い」
そもそも、水の中ってなに。夢なの?現実なの?ほぼ全編にわたって、この夢なのか現なのかも判断しがたいような、描写が繰り広げられる。

わからないことを考え出したら、それだけで日が暮れてしまう。
共通するのは、この淡い青色。そして高校生。そのくらいだろうか。

だからこそこの作品は尊い。

そこに書かれていること……いや「書かれていないこと」に無限の可能性がある。もちろん読み手がどのように想像しても良いのだ。断片的に見せられる情報を勝手につなぎ合わせて、勝手に埋め合わせる。
もともと意図されているのか、されていないのか。そのツギハギの多くは恐ろしいほどに、ドキドキさせられる情熱的なもの。何度鼻血が出そうになったことか。踊っているつもりが、踊らされているような、そんな倒錯感も覚える。

そんなものが何十と並んでいるのだ。興奮しないほうがどうかしている。

今作『センネン画報』は、そんな「書かれていないこと」にこそ価値がある情熱的な作品なのだ。

こうやって、書かないことが想像力を刺激するということはよく使われる手法だと思う。

ホラーなんかでは、怪物はあまりおおっぴらに映さないなんて、基本の「基」みたいなもんだろうし、とにかくこういう手法が私は好きなようだ。

もっと不親切な文章、表現、というものを突き詰めて行きたい。
『センネン画報』を読むと、いつもそんなことを考えさせられる。



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