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悪い人じゃないんだけどね【ショートショート】【#93】

「悪い人じゃないんだけどね」

 それが私と後輩の間で合言葉のようになっていた。彼女は会社の後輩で2つ下にあたる。話題の主は、私の1つ下の後輩でオオクボという男だ。彼女からすれば先輩である上に、彼女の教育係にあたる人物だ。

「そうなんです……悪い人ではないんですけどね……。やっぱりちょっと変わっているというか、人間離れしているといいますか」

「人間離れ、ね」

 私は思わず笑ってしまったが、確かにそうなのだ。彼を『人間離れ』という表現するのは結構的を射ていると思う。断っておくと彼は仕事はできる方で、その成績自体が『人間離れ』というほど立派なわけではない。人間離れしているのは、彼の考え方というか、その割り切り方の部分だ。
 例えば、後輩がよく言われているのはこれだ。「やる気がないなら成果はでない。成果がでなくて良いつもりならそれで構わない。でもそれが嫌なら、やる気を出して仕事をすればよい」。ある意味シンプルでわかりやすい考えだけれど、人間そんなに単純にはできていないからこそ悩むのではないだろうか。そして彼は、すべからくこんな感じなのだ。

 現に後輩は決してやる気がないわけではない。でも、もともと営業向きな性格というわけではないのもあって、正直、苦戦しているのが見てとれた。そんなところに「やる気がないからだ」と断じられたら、泣きたくもなって当然だ。そんなわけで私は、今日も今日とて彼女の息抜きがてら飲みにきているのだ。

「オオクボって、ちょっと前までは彼女いたはずだけど、絶対苦労しただろうね」

「いやホントそうですよね。というか、まったく想像がつかないです。あ、いや彼女がいること自体はわかるんですけど、『あの性格にずっとついていける彼女』といいうのがもうわかんないです」

「ホントにね~。外づらはいいから彼女いること自体はわかるんだよね。でもフタを開けたらあれだからねぇ……。いや悪い人じゃないんだけどね」

「ですよね~。悪い人じゃないんですけどね……」


 ――そんなことを話したのは、今から2年くらい前のことだ。その後、私はその会社を辞めてしまい、しばらく連絡を取ることもなく、後輩とは疎遠になってしまっていた。しかし今日、私は結婚式に呼ばれている。

 後輩と、そして――オオクボの結婚式だ。

 会場では2人ともに近い先輩として、当たり障りのない態度をとっておいたものの、内心はなにがどうなっているのよ、と穏やかではなかった。しかし2人がそろっている場面で問いつめるわけにもいかない。笑顔を張りつけて「おめでとう~」と繰りかえす。ただ後輩にしてみれば、私の瞳が笑っていないのはバレバレだっただろう。あとで説明しますから……と小声で言ってきたので、その場は大人の対応をしておいた。そして二次会で、隙を見つけて彼女を問いつめた。

「説明してもらいましょうか」

「え……っとですね、その……いや、彼の方から告られまして……」

「いつから!」

「えーっと確か前に話たときにはまだだったんですけど、そのあと少ししたあたりでしょうか……」

「ほーう。じゃあ、あの時の言葉は大嘘だったってことね、私に合わせてくれたってことなのね。ホントよくできた後輩よねぇ」

 酔った勢いにまかせて軽く小言を言ってやろう、くらいに思っていたけれど、意外にも後輩は押し黙ってしまった。

「それが……そういうわけではないんですよ……」

「……どういうこと?」

「いや向こうから告られて、悪い人じゃないのは知ってたのでとりあえず、と思って付き合ってみたんですけど、結局、変わってるって印象は全然前から思ってた通りで……。だからあの時の言葉は、ウソではなくて、まったくの本心です。私、毎日のように未知の生物の、新たな面を見せつけられているようなものなんです……」

「……はあ。それ大丈夫なの? ……え、結婚するんだよね?」

「そうです、結婚するんです。というか、もう入籍とかはしました。でも正直……そうですね、大丈夫か? と問われたら大丈夫じゃないかもしれません。そのへんあんまり自信はないです」

 自分の結婚式の2次会で話す内容とは思えない内容だが、それを言っている本人はそこまで暗くなっているわけではなさそうだった。

「結婚自体は、押し切られたという感じはあるんですけど。でも、先輩も言ってたじゃないですか。基本的に悪い人ではないんですよ。すごく変というか、人間離れしてますけど。そういうのは長いこと一緒に居ればなんとかなるんじゃないかなってそう思うんです。――だから、自信はありませんけど、何とかやっていくつもりです」

 そう言って、彼女は笑った。

「そっか……まあそうよね。世の中見渡して、悪い人じゃないって言いきれる人ってそう多くないもんだしね。……うん。わかった、応援してる。――あと、結婚おめでとう」

「ありがとうございます!」

 それからまた2年くらいたって、後輩は子供ができたと連絡をくれた。女の子の双子だそうだ。オオクボのことは今でもよくわからないらしく、いまだに新たな発見の連続らしい。それでも、何とかやっていることが、添えられた写真からは伝わってきた。



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